シャボン&ピース

シャボン宮殿での日々の一コマ

アレッポ after bath

 

 

 

バスローブを着たシャボナンが入ってくる。ソファではシャボニーナが紅茶を飲んでいる。傍らにはIpad

シャボナン  「あー、気持ちよかった。やっぱり日本のお風呂は最高だね」


シャボニーナ (顔を上げて)「あら、今日は日本のお風呂にしたのね」

シャボナン  「そうだよ。いつも西洋風のバスルームじゃつまらないからね。いろいろな国のお風呂があるのがこの宮殿のいいところなんだし。いやー、それにしても湯船に入って身体を伸ばす時の気持ちよさったらないね。思わず『くーっ!』って声が出るよ」


シャボニーナ 「もうあなたも立派な日本のオジサンね」(カップをテーブルに置いて)「で、肝心の石鹸はどうだったの?最初の評価はずいぶん低かったみたいだけど?」

シャボナン  「いや~、それがね」(持っているタオルで頭を拭く)「人は、いや、石鹸は見かけによらないっていうのは本当だね」

シャボニーナ 「それはつまり?見た目のよくなかったアレッポは意外にもよかったってこと?」

シャボナン  「まあ、そういうことだね」(タオルを首にかける)

シャボニーナ 「でしょ?そういうことになるだろうと思ってたわ。悪いわけないもの、これだけ評判がいいんだから…ちなみにどこがよかったのかしら?」

シャボナン  「そうだなあ、まず第一に驚いたのはその粘りだね」

シャボニーナ 「ねばり?」

シャボナン  「そう。最初、手を少しだけ濡らして泡立てようとしたんだ。そしたらさ、驚いたことにさ、糸、引くんだよ、石鹸が」

シャボニーナ 「糸?」

シャボナン  「そう。石鹸から指が離れる時にね。こう、ねばーっと」(左手から右手を離すしぐさ)「びっくりしたよ。まさか石鹸が糸引くとは思わなかったからね。この後、もう少し多めに濡らしたら糸は引かなくなったけど、石鹸自体はかなりヌルヌルした。なんていうか、他の石鹸と比べてヌルヌル度というか、ぬめり度が高い気がする。ここは好き嫌いが分かれるところかもしれない」

シャボニーナ 「なるほどね。サラッとした感じが好きな人には向かないかもしれないってことね」

シャボナン  「うん」(テーブルの上のグラスを手に取る)「あとさ」

シャボニーナ 「まだ他にも?」

シャボナン  「この石鹸さ、粘土の匂いがするんだよ」

シャボニーナ 「粘土…?」

シャボナン  「そう、粘土。子供の頃遊んだアレさ」(と言ってからグラスの水を飲む)

シャボニーナ 「私はそんなに粘土で遊んだ記憶がないんだけれど、どんな匂いなのかしら?」

シャボナン  「うーん、なんて言えばいいんだろう。泥に油を混ぜたような匂いかなァ。うまく言えないけど…とにかく粘土の匂いだね。あの頃は匂いなんて気にならなかったけど、でも石鹸にあの匂いがするというのはちょっとどうかなあ」

シャボニーナ 「あらー、見た感じがイマイチで、水気が少ないと糸を引いて、おまけに粘土の匂いがするとなると、アレッポの石鹸はかなりポイントが低いってことじゃない?ここから持ち直しできるのかしら?」

シャボナン  「うーん…」(グラスをテーブルに置く)

シャボニーナ 「うーんって…あなたさっき、すごく良かったって言ったじゃない」

シャボナン  (人差し指でほおを掻きながら)「いや、その、良かったような気がしたという意味で、…すごく良かったかというと、その…」

シャボニーナ 「呆れた。じゃあ、大した根拠もなくよかったって言ってたわけね」

シャボナン  「いや、まったく根拠がないわけじゃないよ」

シャボニーナ 「じゃあ、言ってごらんなさいよ」

シャボナン  (小声で)「おっかない先生だなァ…えーと」(視線を上に向ける。それからシャボニーナの方を見て)「まず、石鹸自体が大きくてつかみやすかった。つかみやすいからタオルに泡立てやすかった」

シャボニーナ 「そう(まるで小学生的な感想ね)。あとは?」

シャボナン  「泡立てている時、タオルにこすりつけている石鹸の表面がすごくツヤツヤで、ニスを塗ったみたいな光沢があってキレイだった」

シャボニーナ (少し黙る。そして静かに話し出す)「あの…そういうことって別に無意味なことだとは思わないけど…石鹸に対する評価としては本質とあまり関係ないことじゃないかしら?」

シャボナン  (強く首を振って)「そんなことないよ、これだって大事なことだよ。本質的なことのひとつだよ。特にボクにとってはそうなんだ、石鹸がウツクシくなる瞬間、というのは」

シャボニーナ 「美しくね…」(少し引いた様子で)「あなた前から思っていたけど、ちょっと石鹸に対していびつなフェティシズムがない?普通そんなこと考えないわよ」

シャボナン  「いびつなフェティシズムって何だよ。それじゃ変な人みたいじゃないか。そうじゃなくて、石鹸に対する愛、そう言ってほしいな。石鹸愛、だよ」

シャボニーナ 「石鹸愛?」(笑う)「そんな言葉聞いたことないわ」

シャボナン  「なんでも最初は聞いたことがないんだよ。ニーナは知らないかなァ、プロ野球の巨人の原監督が――もうずいぶん昔のことだけど――『ジャイアンツ愛』という言葉を作って話題になったんだよ」

シャボニーナ 「知るわけないでしょ、そんなこと」

シャボナン  「とにかくボクには」(真面目な顔をする)「石鹸に対する愛がある。よき石鹸を愛している。これは譲ることができないんだ」

シャボニーナ 「分かった。分かったわ、シャボナン。誰もあなたの石鹸への愛を止めないから、あのね、少し話を元に戻しましょう。このアレッポの石鹸でよかったことは、持ちやすいことと、泡立てる時の表面のツヤと、あとは何かないかしら?」

シャボナン  「あとは、そうだな…泡が柔かい気がする。優しい泡といえばいいかな。だから身体も優しく洗えるような気がするね」

シャボニーナ 「泡が柔らかい…ちょっと伝わりにくいわね」

シャボナン  「タオルに泡立てた時のボクの印象だからしょうがないよ」

シャボニーナ 「ふーん、でもあなた、自分で言いながらそういったことがアレッポの石鹸を使い続ける理由になると納得できる?」

シャボナン  「うーん…」

シャボニーナ 「でしょ?あなたの話を聞いていると、使わない理由のほうが使う理由より説得力があるように感じるの。でもあなたはこのアレッポの石鹸はいいと言う。それは一体なぜなのかしら?」

シャボナン  「それはまったく理由のないことじゃないと思うよ」

シャボニーナ 「あら、どういうことかしら?」

シャボナン  「それはたぶん…」

シャボニーナ 「たぶん?」

シャボナン  「この石鹸から何かを受け取るからじゃないかと思う」

シャボニーナ 「え?」(目を見開く)「何かを受け取る?一体何を受け取るのかしら?」

シャボナン  「いや、これはボクがそう感じたということであって使う人みんながそうだとは思わないけど」(そう言って視線を落とす)「何か、そう、何かメッセージのようなものを受け取るんだと思う」

シャボニーナ 「メッセージ…」

シャボナン  「そう、この石鹸を通して、シリアの人々が、アレッポの人々が、何かを訴えかけているように、ボクには感じるんだ」

シャボニーナ (口を閉ざす)

シャボナン  「さっきも言ったようにこの石鹸には何か特別な魅力があるわけじゃない。姿かたちが美しいわけではないし、いい香りがするわけでもない。洗い上がりはひょっとしたら優れているのかもしれないけど、でもこのクラスの石鹸ならどれもがそれなりの力を持ってるし、これが特別優れているとも思えない。それに実を言えば、石鹸の精とはいってもボクは男だからそんなに微妙な差までは分からないんだ」(間)「でも…この石鹸はなぜか気になる。そこにあるだけで何かを発しているような気がするんだよ」

シャボニーナ 「それがつまりシリアの人々のメッセージだと?」

シャボナン  (ニーナを見返す。そして小さく笑って)「そんなわけないよね。我ながらヘンなことを言ったなあ。今日のボクはどうかしている」

シャボニーナ 「でも、もしメッセージだとしたら彼らは何を訴えているのかしら?」

シャボナン  「それは…」(シャボニーナを見つめて)「決まってるじゃないか、ニーナ」

シャボニーナ 「え?」

シャボナン  「平和、だよ」

シャボニーナ 「平和…?」

シャボナン  「そう」(大きく頷いてから笑う)「なんてね。本当言うとそこまでは分からない。彼らが平和の思いを込めてまでこの石鹸を作っているか、ということまではね。でも、これだけは言えるんだ、少なくともボクの意識の世界の中では、固形石鹸というのは…『平和の象徴』なんだ」

シャボニーナ 「平和の象徴…」

シャボナン  「そう、平和の象徴。ボクは――これは自分が石鹸の精だからかもしれないけど――昔から固形石鹸を見るとそこに平和を感じるんだ。ハハ、ヘンな話だろ?でもそうなんだ。固形石鹸を見る時、固形石鹸を使うとき、『平和』という言葉がボクの脳裏に浮かぶ。ボクの中では固形石鹸と平和は同じ一つのところから生まれたものなんだ。でもそこにはちょっとしたこだわりがあって、その石鹸は美しければ美しいほどいい。気品を感じるほど美しい石鹸は平和な時代にこそ生まれてくる。平和が生み出し、そして平和を生み出すものであってほしいんだよ、固形石鹸は」

シャボニーナ (黙って聞いている)

シャボナン  「ただ、今回使ったアレッポの石鹸はお世辞にも美しいとは言えない。にもかかわらず、ボクがそこからメッセージを感じるのはそれがシリアで作られたということが関係しているかもしれない。ボクの考えでは」(少し上を向いてから前に向き直る)「固形石鹸を作っているところが戦火の下にあるということは本来あってはいけないことなんだ。固形石鹸と戦争はまったく相いれないものなんだ。だから一刻も早くシリアの内戦が終わってほしいと思う。そして安全にこのアレッポが作られるようになってほしい。…石鹸の表面に押されたこの刻印も気になるしね、一体なんて書いてあるんだろう?」

シャボニーナ 「アレッポの石鹸、じゃないのかしら…でもそれにしては文字が多いような気もするわね」

シャボナン 「位置も真ん中からずれているしね。きっとシリアの人が手作業で刻印したんじゃないかな?おじさんが『あ~、腹減ったな~』なんて考えながらね。きっとそうだ」(笑う)

シャボニーナ (つられるように笑って)「そうね、シリアの国が一刻も早くそういう平和な社会に戻ってくれるといいわね」

 

 

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アレッポ before bath

 

 

 

いつものソファ室。シャボナンが入ってくる。ソファではシャボニーナが手にしたIpadの画面に見いっている。冷めかけた紅茶。

シャボナン  「あれぇ、深刻な顔しちゃって、どうしたの?…ははぁ、さては好きな芸能人の婚約発表でもあった?…あ、ひょっとして…」(右手で口を覆うしぐさ)「でき婚だったりして?あちゃー、そりゃショックだね。でもまあ、そういうのは最近珍しくないから。あまり気にしないほうがいいよ」

シャボニーナ (黙っている)

シャボナン  「おや?これはまた随分な痛手だったみたいだね。勝気なニーナ様が声も出せないなんて。誰、誰?一体誰が婚約したの?」(と言って上からIpadを覗きこむ)「何々…?えー、…パルミラの?世界遺産が?破壊される…え?あれ?」

シャボニーナ (顔を上げ)「ちょっと静かにしてくんない?」

シャボナン  (すまなさそうに)「…ゴメン、まさかそんな真面目なニュースを読んでいるなんて思わなかったんだ」

シャボニーナ 「…いいのよ、別に」(Ipadに視線を戻す)「シャボナンはこのパルミラの遺跡がどこにあるかは知ってる?」

シャボナン  「…知らない」

シャボニーナ 「そうよね、私も知らなかった。中東のシリアという国にあるんだって」

シャボナン  「シリア…」

シャボニーナ 「そう、シリア。名前は聞いたことがあるでしょ?」

シャボナン  (頷く)「内戦で大変なことになってるって、ニュースで言ってた」

シャボニーナ 「そう。つい先日、このパルミラ遺跡の神殿が爆破されてしまったの」

シャボナン  「そうなんだ…」

シャボニーナ (黙って頷く)

シャボナン  「世界遺産っていえば日本なら知床半島日光東照宮とかだよね?」

シャボニーナ 「そういうことになるわね」

シャボナン  「それが破壊されるなんて…ひどいね」

シャボニーナ 「本当に…でもそれがシリアの、そしてシリアに限らず内戦状態にある国々の現状なの。平和な日本からは考えられないけど」

シャボナン  「うん…」

シャボニーナ 「私がこんなことを言い出したのは、実は、今回用意した石鹸がシリアで作られているものだからなの」

シャボナン  「え?シリアの石鹸なの?」

シャボニーナ 「そう」(脇のバッグから石鹸を取り出してテーブルに置く)

 

 

 

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シャボナン  「あっ」(覗きこむ)「これ、知ってる。ネット通販なんかで見たことあるよ。ナントカの石鹸というやつでしょ?えーと、なんだっけな?」

シャボニーナ 「アレッポの石鹸」

シャボナン  「あ、そうそう。アレッポの石鹸。そうか、これはシリアで作られた石鹸だったんだ、知らなかった。実際に見るのは初めてだよ」(石鹸を手に取って眺める)「アレッポの石鹸『ライト』か…結構大きいね。ふむ?うーん…」( やや険しい顔)

シャボニーナ 「どうしたの?」

シャボナン  「あのさ、シリアの人々のことを思うとあんまり悪くは言えないんだけど…」

シャボニーナ 「けど?」

シャボナン  「…正直、これは見た目がビミョーだね」

シャボニーナ 「あら、どうして?」

シャボナン  「だってほら」(石鹸をシャボニーナに見せる)「石鹸自体があんまりキレイじゃないじゃないか。なんだかくたびれた感じがする。そう思わない?」

シャボニーナ 「くたびれたとは思わないけど…確かにすごくツヤツヤというわけではないわね」

シャボナン  「いやー、それどころか」(石鹸を裏返し)「この辺なんか黒ずんでるし、新品の石鹸に思えないんだけど。なんていうか、中古品をフィルムに包んで売っている感じ?」

シャボニーナ 「それは言い過ぎよ。ひょっとしたら作られてから時間がたってるのかも…フィルムをとってみたらどう?」

シャボナン  「そうだね」(そう言って注意深くフィルムを破る)

 

 

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シャボナン  「どう?ニーナ?」

シャボニーナ 「…うーん、何と言ったらいいか」(困った表情)「まあ、こういうものなんじゃないのかしら」

シャボナン  「あのね、ニーナ」(石鹸を宙に掲げながら)「石鹸というのはね、あくまでこれはボクの持論なんだけど、その洗浄力もさることながら、もうひとつ大事なことがあるんだ。それはね、見た目なんだよ。石鹸の見た目。見た目も美しくなくてはいけないんだ。その石鹸を前にして、ほれぼれするような、思わずつかみたくなるような、思わず手に乗せてその重さを感じたくなるようなものでなくてはいけないんだ。そういう気持ちを抱かせてくれるのが固形石鹸なんだ。だから見た目はとても大事なんだよ」

シャボニーナ 「どうしちゃったの?そんなふうに語りだすなんて珍しいわね」

シャボナン  (首を振って)「だって、ニーナ、ここは大事なところなんだ。これこそがボクら固形石鹸が液体石鹸と違うところなんだ。見た目の美しさ。ボクらの個性と言ってもいい。アイデンティティだよ。これは液体石鹸にはないものなんだ、彼らは容器に入っているだけだから。そこには何の美しさも、明確な主張も、こだわりもない。ある意味、それは彼らの限界でもあり、悲しさでもあるよね」(間)「でもボクらは違う。それぞれがはっきりとした、強い個性を持っている。色、形、大きさ、つや、匂い…一言では言い表せない個性の持ち主ばかりだ。ボクらは使われる前から自己主張している。それはする必要があるからだ。たくさんの石鹸の中から選んでもらうためにはまず目立たなくてはならない。興味を惹かなければならない。そしてその競演が固形石鹸を発展させてきたともいえるんだよ」

シャボニーナ 「うん…」

シャボナン  (頷きながら)「そういう意味ではこの『アレッポ』はボクからするとスタートでつまずいている。なぜならこの石鹸をまじまじと眺めていたい、手に取ってみたい、そして泡立ててみたい、という気持ちにあまりなれないんだ。だって、ほら、見た感じがお世辞にも美しいとは言えないから」

シャボニーナ (首をひねりながら)「うーん…あなたの言いたいことは分からないでもないわ。確かにこれはカレンデュラクリームやグレープフルーツなんかと比べたら見た目が美しいとは言えないわね。その姿に心惹かれるというわけでもない。でもね」(アレッポの石鹸を手のひらに乗せる)「それがこの石鹸が使われないという理由にはならないの。それどころかこのアレッポは世の中の多くの人たちに支持されているのよ」

シャボナン  「どうやらそうみたいだね。でも不思議だなァ。ボクは使う前の形にすごくこだわるから余計にそう感じるのかもしれないけど、やっぱりこれは地味だよね。この石鹸のどこがそんなにいいんだろう?」

シャボニーナ 「あのね、シャボナン」(諭すように)「あなたの言うことも分かるわよ。そりゃ、見かけがキレイな方が魅力的だとは思うわ。でも、これは石鹸の話なの。見かけよりも大事なことがあるわよね。アレッポには見かけの地味さをひっくり返すようなすごい良さがあるのよ、きっと」

シャボナン  (頷きながら)「そうなんだろうなあ、脱いだらスゴイんです、みたいなものがきっとあるんだろうなあ」

シャボニーナ (顔をしかめ)「…やれやれ、なんだか例え方に品がないわね。もう少し気の利いたこと言えないのかしら?」

シャボナン  「どうせ、ボクは品がないですよーだ」

シャボニーナ 「下品な妖精」

シャボナン  (ムッとした顔をする)

シャボニーナ (笑いながら)「冗談よ、シャボナン。でもこの『アレッポ』にはきっと見た目以上の魅力があるのよ。それは使ってみて初めて分かるものだわ。だから、もうそろそろバスルームに行って試して来たら?」

シャボナン  「へーい。んじゃ、行ってきまーす」

グレープフルーツ after bath

 

 

バスローブに身を包んだシャボナンが部屋に入ってくる。シャボニーナはIpadをタップしている。

 

シャボナン  「あー気持ちよかった。夏場はシャワーは欠かせないね。ん?何見てんの?」(シャボニーナの手元を覗きこむ)

シャボニーナ 「グレープフルーツの話をしていたら果物が欲しくなってきちゃって」

シャボナン  「お、いいね。買おうよ、グレープフルーツ」

シャボニーナ 「ええ、ほかにも果物を頼んでおくわ」

シャボナン  「ブドウもいいなー、巨峰とか。できれば種のないやつ」(思い出したように)「あと、そうだ、マンゴーも食べたい」

 シャボニーナ 「マンゴー?」(高い声をあげる)「マンゴーは高いでしょ?」

シャボナン  「え?でも宮殿の予算で買えばいいじゃん」

シャボニーナ (タメ息をついて)「あのね、勘違いしてもらっちゃ困るんだけど、宮殿にはいくらでもお金があるわけじゃないの。王室とはいっても限られた予算の中でやりくりしてるのよ」

シャボナン  「えー、でもマンゴーぐらいよくない?」

シャボニーナ 「ダメよ、無駄遣いは。もう少し余裕のあるときにね」

シャボナン  「あー、ガッカリ」(残念そうな表情。小声で)「どんな王室なんだ」

シャボニーナ 「ところで」(とシャボナンを見やる)

シャボナン  「ん…?」

シャボニーナ 「グレープフルーツの使い心地はどうだったかしら?」

シャボナン  「ああ」(うなずいて)「そりゃ、よかったよ」

 シャボニーナ 「あのね…前回も言わなかったかしら?どうよかったのか教えてくれない?」

シャボナン  「ああ、そうだった。忘れてた。え~と」(少し考えた後に人差し指を立て)「そう、びっくりしたことがある。実はさ、あの石鹸、包装フィルムから出した時に匂いをかいだんだけどさ、正直グレープフルーツの匂いなんてしなかった。これのどこがグレープフルーツ?って思った。いや、かぐ人によっては分かるのかもしれないけど、少なくともボクには感じられなかった」

シャボニーナ 「あなた去年の夏、副鼻腔炎になってるからね」

シャボナン  「そうそう、副鼻腔炎に。だから鼻が利かなくって…って違うよ!そんなことが言いたいんじゃない」

シャボニーナ 「ゴメンなさい、冗談よ」

シャボナン  「ちぇっ、ニーナだってそういうこと言うじゃないか。人は自分のことになると分からないんだよ」

シャボニーナ (肩をすくめ)「ごめんなさい。悪かったわ、シャボナン」

シャボナン  「まったく頼むよ…で、どこまで言ったっけ?」

シャボニーナ 「グレープフルーツの匂いがしなかったってとこ」

シャボナン  「そうだ、そう。本当に開けた時には匂いはほとんどしなかったんだ。それがさ」(少し間をあける)「最初にゆっくりと石鹸を湿らせてさ、両手で丁寧に丁寧に泡立てた。色、形、手触りを愛でながらゆっくりとね。ちなみにこれは固形石鹸を一番最初に使う時の儀式みたいなものなんだ、ボクの中では。いい石鹸を使えることに感謝してゆっくりと泡を立てる。ニーナはそんなことするかい?」

シャボニーナ 「え?私?私は…正直そこまではしないわ」

シャボナン  「そうなんだ?石鹸の妖精なのに?」

シャボニーナ 「そう言われると困るけど」

シャボナン  「女の人の方が現実的だからね。そういうことはしないのかもしれない」

シャボニーナ 「よく分からないわ。…で、どうだったの?その後は」

シャボナン  「そう、うん、それでそのゆっくりと泡立てた泡で顔を洗ったんだ。泡触りなんかを確かめながら。そうしたらさ」

シャボニーナ (うなずく)

シャボナン  「なんと、匂いがするんだよ、グレープフルーツの匂いが、はっきりと」

シャボニーナ 「あら」

シャボナン  (興奮して)「もうビックリだよ。グレープフルーツの、あの酸っぱいような匂いがはっきりとかぎとれるんだ。そのままの状態では感じなかった匂いが、泡立てて使った時にはっきりと感じられるんだよ。開けてビックリ玉手箱。まるで手品のようだったよ」

シャボニーナ 「そんなことがあるのね」

シャボナン  「本当だね。すごいと思う。石鹸自体からはそれほど匂いはしないのに、使った時に蝶の舞のように湧きあがってくる匂い。いや、香りといったほうがいいかな。これはもう芸術品だね」

シャボニーナ 「ベタ褒めね」

シャボナン  「本当にこれはちょっとした感動があるよ。ニーナも是非使ってみてほしいな」

シャボニーナ 「分かったわ、今度使ってみる。あとはどうだったかしら?例のスクラブはどんな感じ?」

シャボナン  「スクラブか」(顔をかしげる)「そう言われてみればスクラブは特に何も感じなかったな。タオルに泡立てる時、確かに黒いつぶつぶがついてきたけど、洗顔フォームにあるようなざらざら感もなかった。洗顔フォームはスクラブの存在を感じるからね、ザラッとした。それに比べるとこのスクラブはその存在を感じなかった。黒い色の割にマイルドなのかもしれない」 

シャボニーナ 「そういえば、『ボディー用化粧石鹸』って表示されてたけど、顔を洗ってどうだったのかしら?」

シャボナン  「全然問題なし。顔も平気だった。といっても1回使っただけだからね、長く使っているうちに分かってくることもあるのかもしれない。でもボクとしては身体だけに使うのはもったいない気がする。洗顔に使ってこそあのグレープフルーツの香りが楽しめるんだからね」

シャボニーナ 「ずいぶん匂いが気に入ったみたいね」

シャボナン  「もともと柑橘類好きだからね。これまでそんな石鹸を使ったことなかったし」

シャボニーナ 「100点満点?」

シャボナン  「そう!…と言いたいところだけど、実は98点」

シャボニーナ 「何なのかしら、その2点の減点は?」

シャボナン  「まあ、本当はどうでもいいことなんだけどさ…」(言いよどむ)「ちょっと貸してね」(と言って傍らのIpadを手に取に取って出ていく。しばらくして戻ってくる)

シャボニーナ (不思議そうに)「どうしたの?」

シャボナン  「ほら」(Ipadを差し出す。写真が写っている)

 

 

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シャボニーナ 「わざわざ写真撮ってきたの?石鹸の」

シャボナン  (うなずいて)「どうだい、これ?」

シャボニーナ 「どうって…」

シャボナン  「こんにゃくみたいじゃない?」

シャボニーナ (驚いて)「えっ?」

シャボナン  「色はちょっと違うけどさ、これ、こんにゃくだよ。いや、実物は違うよ。実物はもう少し石鹸らしく見える。これはあくまで写真の上での話なんだけれど、それにしたってボクにはどうしてもこれがこんにゃくに見える。もちろんこんにゃくが悪いわけじゃないけどさ、でも石鹸に気品を求めるボクとしてはやっぱり石鹸がこんにゃくに見えるっていうのはちょっと…」(困った顔)

シャボニーナ (吹き出しながら)「あなたもバカねえ」(笑う)

グレープフルーツ before bath

 

 

 

(夏。連日の真夏日が続く。シャボナンがハンカチで汗を拭きながらソファ室に入ってくる。部屋の中央のソファではいつものようにシャボニーナが紅茶を飲んでいる)


シャボナン  「ひゃー、暑い暑い!もうこの暑さは異常だね。外にいるだけで干からびちゃいそうだよ…お?」(テーブルの上にあるグラスに手を伸ばす)「ありがとう。冷たいもの用意しておいてくれたんだね」

シャボニーナ 「まあね、別にそこまでしてあげるつもりはないんだけど、あんまりいつまでも暑い暑いって言われちゃかなわないから。ただのミネラルウオーターよ」(そう言って紅茶を飲む)

シャボナン  (立ったままグラスを飲み干す)「あー、ウマイ!これで少し生き返ったよ。ありがとう」(シャボニーナを見て)「しかし、キミはこの暑いのによく温かい紅茶なんて飲めるね。まったく信じられないよ」

シャボニーナ (カップを置いて)「ここは外ほど暑くないから。それに冷たいものを飲みだすときりがないし、温かいものならゆっくりといただけるでしょ?」

シャボナン  「いや、ボクは夏に温かいものなんていただきたくないね」

シャボニーナ 「それがあなたの子供なところね」

シャボナン  「…子供で結構。それよりシャワーを浴びてくる」(部屋を出ていこうとする)

シャボニーナ 「ちょっと待って」

シャボナン  (振り返って)「ん?」

シャボニーナ (シャボナンの足元を見て)「汗が垂れてる」

シャボナン  「え?」(視線を落とす)「や、ホントだ」

シャボニーナ 「ちゃんと拭いてって」

シャボナン  「あ、う、うん」(と言って足でこする)

シャボニーナ 「ちょっと、ダメよ、そんなの。ちゃんと拭いて」

シャボナン  「あ、でも、ここにいるとますます汗が垂れるからさ。先にシャワーを…」(と言って去ろうとする)

シャボニーナ 「ちょっと待ってったら」

シャボナン  (面倒くさそうに)「まだ何かあるの?」

シャボニーナ (テーブルの下からバッグを取り出す)

シャボナン  「うわ、出た、得意の石鹸バッグ」

シャボニーナ (ジロリとにらむ)「今日の石鹸を用意してあげたわ、子供なあなたのための」

シャボナン  「えー、別にいいんだけどな」(ハンカチをポケットにしまう)「この前のカレンデュラクリームもまだあるし」

シャボニーナ 「あのね、シャボナン、分かってるかもしれないけど、固形石鹸は用途に応じて使い分ければいいの。何も一つの石けんをずーっと使い続ける必要はないのよ。朝起きた時はこれ、夜眠る前の時はこれ、運動をして汗をかいた時はこれ、という具合にそれぞれ使い分けたっていいの。だから今のあなただったらすごく汗をかいているからカレンデュラクリームよりもうちょっとさっぱり感が強いものがいいのよ」

シャボナン  「ふーん。で、どんな石鹸が出てくるの?」(と言ってソファに腰かける)

シャボニーナ 「これよ」(バッグから石鹸を取り出し、テーブルの上に置く)

 

 

 

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シャボナン  (石鹸を手に取って)「うわあ、これ、グレープフルーツじゃん!しかも赤いの」

シャボニーナ 「ピンクグレープフルーツよ」

シャボナン  「うまそー。ボク、柑橘類好きなんだよ」(パッケージの裏を見て)「あれ?よく見たらこれ、『ジョン&ダイアナ』じゃん。カレンデュラ・クリームと同じだ」

シャボニーナ 「ちゃんと覚えてたみたいね」

シャボナン  「そりゃあね。そうか、どおりでなんか見たことあると思った。…ニーナはここの石鹸が好きなの?」

シャボニーナ 「別に特別そういうわけじゃないけど」

シャボナン  「でも2回も続くじゃん」

シャボニーナ 「たまたまよ」

シャボナン  (ニヤリとシャボニーナを見て)「…ひょっとして、何かもらってるとか?ジョン&ダイアナさんから…なんてね、ハハハ」

シャボニーナ (小さくタメ息をつく)「…つまんないこと言うわね。そんなわけないでしょ?」

シャボナン  「いや、まあ冗談だよ」

シャボニーナ 「冗談ならもう少し面白いものにしてほしいわ…それにね」(少しコワイ顔をする)「よく何かを言った後、すぐに冗談だよって取り消す人がいるけど、でもその言葉はすでに相手に伝わっているのよ。分かる?それによって相手は何かを感じているの。取り消すくらいだからきっといい内容じゃないわよね?ひょっとしたら、イヤだなあと感じたり、傷ついたり、悲しい気持ちになっているかもしれないじゃない?後で取り消すくらいならそんなこと始めから言わなきゃいいのよ」

シャボナン  (目をそらして)「別に…そんなつもりじゃなかったんだ。ゴメン…」

シャボニーナ 「いいのよ、私はただ一般論として言っただけ。それより、今のあなたみたいに汗をかいた時ならこの石鹸はピッタリだと思うわ」

シャボナン  (顔を上げ)「そうだね。そんな気がする」(石鹸を眺め)「でもこれ、写真のピンクグレープフルーツと石鹸自体の色があまり一致しないね。結構地味な色だ。言われないとグレープフルーツとは分からないな」

シャボニーナ 「そうね、ピンクの色は出てないわね」

シャボナン  「外の皮の色なんだろうね」(石鹸をひっくり返して見て)「あと、なんだろう、全体にごま塩みたいな黒いつぶつぶがある」

シャボニーナ 「それは裏に書いてあるわ。読んでみて」

シャボナン  「本当?…何々?…『ピンクグレープフルーツの香りとアンズ種子、ネトル、チャノキの葉の3種のスクラブがお肌をさっぱりと洗い上げます』…そうか、これはスクラブの粒なのか。ということは毛穴の汚れなんかがよく落ちるってことだね」(間)「でもどんな感じだろう?よく洗顔フォームなんかにはスクラブ配合ってものがあるけど、あれはこんな黒いつぶつぶじゃなかった気がする。もっと中身の色と一体化していたような気がするんだけど…」

シャボニーナ 「そうね、そうかもしれない」

シャボナン  「黒い粒のスクラブか。これで顔洗ったらどうなるんだろう。それにアンズはともかく、ネトルとかチャノキって聞いたことないな。どれどれ」(傍らのIpadで調べだす)「…え~と、『アンズの種子は杏仁(きょうにん)といわれる咳止めや、風邪の予防の生薬に使われます』。へえ、薬にもなるんだ。初めて聞いた。あとネトルは…『ハーブの一種。日本では〈西洋イラクサ〉という。ヒスタミンという成分に抗アレルギー作用があり、花粉症などのアレルギー体質の人に効果的』。なんと、花粉症にいいのか、覚えとこ。あと、チャノキ…『ツバキ科。葉を加工したものが緑茶やウーロン茶、紅茶になる製茶用の作物』…これは飲み物に使われるんだ、ふーん」

シャボニーナ 「いかが?」

シャボナン  「変わった組み合わせだね、グレープフルーツに咳止め薬と抗アレルギー剤とお茶だよ。きっと何度も試行錯誤を繰り返して作ったんだろうなって気がする。どんな効果があるのか、使うのが楽しみになりそう」

シャボニーナ 「よかったわね」

シャボナン  「でも考えてみると、スクラブの入った固形石鹸って珍しくない?洗顔フォームならいくらでもあるけど」

シャボニーナ 「そうね」

シャボナン  「そもそもよく売られている洗顔フォームのスクラブは何からできているんだろう?」

シャボニーナ 「いろいろあるみたいよ。自然なものではこんにゃくや米ぬかがスクラブとして使われているものもあるんだって」

シャボナン  「へぇー、こんにゃく?ずいぶん優しそうなスクラブだね」

シャボニーナ 「そうね。いずれにしてもすごくたくさんの種類があるわ」

シャボナン  「スクラブ=洗顔フォーム、みたいなところもあるもんね。でもこのグレープフルーツは顔に限らず全身を洗うんだよね。どんな感じがするか楽しみだ」

シャボニーナ 「ちょっと待って、シャボナン。裏の説明をよく読んでみて」

シャボナン  「え?どうして?」(裏返して文字を追う)「…あ」

シャボニーナ 「なんて書いてあるかしら?」

シャボナン  「…これ、ボディー用石鹸って書いてあるよ!」

シャボニーナ 「でしょ?」

シャボナン  「でしょ?って…じゃあ、スクラブなのに顔は洗わないの、これ?」

シャボニーナ 「そこは分からないわ。ただね、この前のカレンデュラ・クリームには『化粧石けん』って書かれてるのよ」

シャボナン  「つまり用途が分かれていると?カレンデュラ・クリームは顔身体OKだけど、このグレープフルーツは身体専用だと?そういうこと?」

シャボニーナ 「悪いけど私も分からない」(首を振る)「そこはあなたが実際に使って確かめてみて」

シャボナン  「うーん…わざわざボディー用って書いてあるってことは顔洗っちゃまずいのかなあ。でも身体洗うのにスクラブなんて必要なのかなあ」

シャボニーナ 「大丈夫よ。あなたの場合は顔も身体もおんなじだから。どっちを洗っても平気、心配しないで」

シャボナン  「ちょっと待って。それ、どういう意味?」

シャボニーナ (床を見て)「ほら、ちょっと、シャボナン、また汗が下に垂れてるじゃない。いいから早くシャワー浴びてきなさいよ。床が汚れるわ」(追い立てる)

シャボナン  (あきらめたように)「はいはい、分かったよ。行くよ、そんなに言わなくても。…やれやれ」(部屋を出ていく)

カレンデュラ・クリーム after bath

 

 

バスローブを着て戻ってくるシャボナン。ソファ室ではシャボニーナが紅茶を飲んでいる。


シャボナン  「キミは本当に紅茶が好きだねえ。いつも飲んでる」

シャボニーナ (カップをテーブルに置いて)「こうしてると落ち着くのよ、温かい飲み物を飲んでいると」

シャボナン  (笑いながら)「将来、縁側で紅茶を飲むおばあちゃんになれるよ」

シャボニーナ (横目でにらんで)「喜べばいいのかしら、それ」

シャボナン  (黙って頭を拭く)

シャボニーナ 「で、どうだったの?肝心の話がないみたいだけど」

シャボナン  「石鹸のこと?」

シャボニーナ (頷く)

シャボナン  「よかったよ」

シャボニーナ 「…だけ?」

シャボナン  「え?だけって?」

シャボニーナ 「あのね」(ため息をつく)「あなた、それじゃ料理番組のレポーターが『おいしい♪』って言ってるのと同じじゃない。それじゃ何にも分からないわ。もう少し人に伝える練習をしなさいよ」

シャボナン  (口をとがらす)「そんなこと言ったってボクは別にレポーターなんかじゃないやい」

シャボニーナ 「同じことよ」(間)「物事を伝えることの大切さはレポーターでも妖精でも変わらないわ」

シャボナン  (後ろを向いて舌を出す)

シャボニーナ 「もう一度よく思い出してみて」

シャボナン  「えーと」(上を向いて考えるしぐさ)「…そういえばバスルームの中で使うと最初に感じた時ほど強い匂いだとは感じなかったかな」

シャボニーナ 「そう」

シャボナン  「まあ、まったくないというわけではないけど…でもこれはどちらかというと女の人向けの匂いかな」

シャボニーナ 「あら、匂いに女向き、男向きなんてあるのかしら」

シャボナン  「え、また…」(答えに詰まる)

シャボニーナ 「春に桜を見れば男女の区別なくきれいだと思うでしょ?何かのお祝いの時には男の人だって花束を贈ったり、贈られたりするでしょ?もともとお花を愛でることに男女の区別なんてないの。それと同じで、ハーブの匂いを男の人がいい匂いだと感じてもいいのよ。それで心がリラックスすれば十分なの。こと石鹸に関しては男の人向き、女の人向き、なんていう分け方は不要だわ」

シャボナン  「ふーん…そんなものかな」(間)

シャボニーナ 「あと何かある?」

シャボナン  「あと?え~っと」(こめかみを掻く)「そう、そうだ、タオルで泡立てる時、オレンジの皮がタオルにくっついてきた。あれがいかにも自然なものを使ってる気がしてボク的にはプラスの印象だった」

シャボニーナ 「そう」

シャボナン  (にんまりと)「あのオレンジの皮、なんかマーマレードを思い出すんだよなあ。大好きなパンが食べたくなってきちゃうよ」(そう言って腕の内側のあたりを掻く。よく見ると何ヵ所か赤くなっている)

シャボニーナ 「シャボナン、あなた、それどうしたの?」

シャボナン  (腕の赤くなったところを見て)「ああ、これ?」

シャボニーナ 「そうよ、赤くなってるじゃない。まさか石鹸が合わなかったとか?」

シャボナン  (急いで首を振りながら)「違うよ、違う。これは汗疹だよ。夏の時期はボクはいつも汗疹になるんだ」

シャボニーナ 「あせも…」(身体の力が抜けた様子で)「どうなのかしら、あせもになる妖精って」

シャボナン  「しょうがないだろ。夏は子供だって大人だって妖精だって汗疹になるんだ」

シャボニーナ 「私はならないわ」(覗きこみながら)「それにしてもずいぶん赤くなってるわね」

シャボナン  「寝てる時とかに掻いちゃうからね。ここだけじゃない。どこもかしこも真っ赤だよ。だからボクも最初にこの石鹸を使うとき、ひょっとしたら沁みるかな?と少し心配したんだ。でも」

シャボニーナ 「でも?」

シャボナン  「まったく平気だった。全然沁みなかった。もちろん、ゴシゴシとこすったわけじゃないけれど、沁みないという点においてすごく安心して使えたよ」

シャボニーナ 「よかった…それはまさにこのカレンデュラクリームの特徴ね。実はこの『ジョン&ダイアナ』にはたくさんの種類の石けんがあるんだけれど、このカレンデュラクリームはその中でも最も刺激が少ないタイプのものなの。だからあなたのような汗疹の人が使っても平気だったのね」

シャボナン  「うん。やっぱり肌に優しいというのは大事なことだよね、男が使うにしてもさ」

シャボニーナ 「汗疹の人が使うにしてもね」(笑う)「あと、洗い上がりはどうだったかしら?」

シャボナン 「さっぱりした感じ。顔がちょっとキュッキュッしたかな。でもつっぱるというわけではなくて、気持ちのいい感じ。汗をかいた夏の日の朝なんかにいいかもしれない。ほのかな匂いが朝の脳に刺激を与えてくれる気がする」

シャボニーナ (くすっと笑う)「そうね、朝の弱いあなたなんかにはピッタリかもしれないわね」

シャボナン  (ヘンな顔をする)

(小さく拍手)「やればできるじゃない、シャボナン。とりあえず今日はそれだけ伝えられれば十分だわ」

シャボナン  「ハハハ…なんとか合格ってわけだ、よかった」(髪の毛の乾き具合を確かめる)「さて、心も身体もサッパリしたところでそろそろ出かけようかな」

シャボニーナ 「あら、どちらへお出かけ?」

シャボナン  「東京ドーム。今日はこのあと巨人戦があるんだ」(チラッとシャボニーナのことを見る)「キミも行くかい?」

シャボニーナ (ティーカップに手を伸ばしながら)「私は結構よ。騒がしいところは苦手なの」

シャボナン  「そっか」(肩をすくめ)「じゃあ、またね」(右側のドアから出ていく)

シャボニーナ 「いってらっしゃい」(ひとり紅茶を飲む)

カレンデュラ・クリーム before bath

 

 

テーブルに置かれたのはベージュ色をした石鹸、黄色の花の絵が描かれた帯び紙を巻いている。その下に「Calendula Cream」の文字。

 

 

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シャボナン  「か、カレン…」

シャボニーナ 「カレンデュラ・クリームよ」

シャボナン  「カレンデュラ、か…なんだか菊の花みたいだね」

シャボニーナ 「あら、ご名答。日本名はキンセンカといってキク科のお花なのよ。花より団子のあなたにしては上出来じゃない」

シャボナン  「…どうせボクは花より団子ですよーだ」

シャボニーナ 「オレンジ色のきれいな花が咲くんだけれど、殺菌作用とか消炎作用があるから湿布とかの外用や、あるいはハーブティーにして飲んでもいいんだって」

シャボナン  「ふーん、そうなんだ」(手に取って眺める)「『ジョン&ダイアナ』って書いてある。…封を切ってもいいかな?」

シャボニーナ 「ちょっと待って。その前にそこのところをもう少し読んでみて」

シャボナン  「えー?」(面倒くさそうに)「しょうがないな…えー、『ジョン&ダイアナ』、ハンドメイドソープ、…手作りってことだね」

シャボニーナ (頷く)

シャボナン  「乾燥肌、敏感肌向き。ゴートミルク(うるおい成分)配合でお肌にうるおいを与え、肌荒れを防ぎます…なんだか女の人向きなことがいっぱい書いてある」

シャボニーナ 「あら、そうかしら。身体的にも精神的にも敏感なあなたにだってピッタリだと思うけど?」

シャボナン  (眉を寄せて)「…それ、どういう意味?」

シャボニーナ 「続きは?」

シャボナン  「原産国、アメリカ…あとは…原材料の小さい字がいっぱいで読む気がしない」

シャボニーナ 「ジョン・アダムスとダイアナ・トンプソンによって、ワシントン州の自宅の石鹸工房で手づくりされた、人と地球にやさしい自然派ハンドメイドアロマ石鹸」

シャボナン  「ふーん」

シャボニーナ 「その横に写真があるでしょ?それがジョン&ダイアナなのよ」

シャボナン  「…本当だ、もう結構なおじいさんとおばあさんだね」(目を細めて文章を読む)「…私たち2人は1997年に石けんづくりをスタートして以来、素材を吟味して肌にやさしい石けんのレシピを考案してきました。私たちの石けんを使った方々のお肌と心が優しく癒され、喜びに満ちたひとときを過ごせるように心をこめて石けんを作ります…」

シャボニーナ 「いいことが書いてあるでしょ?」

シャボナン  「うん。『心が優しく癒され、喜びに満ちたひとときを』というのがいいね。ボクらの大切なことがちゃんと書いてある」

シャボニーナ 「あら、よく分かってるじゃない」

シャボニーナ 「当然だよ」(得意そうに)「ボクら固形石鹸は単に顔身体をきれいにするだけじゃなく、使う人の心を満たすものであること。それを忘れたことはないよ」

シャボニーナ (人差し指を立てて)「いいわ、それならどんな会社の面接だってクリアできる」

シャボナン  「…なんか褒められてるのか、からかわれてるのか分からないけど」(石鹸を鼻に近づけて)「ところでこれ、ビニールに包装されているけど、その上からでも結構匂いがする。開けたらかなり匂い強いんじゃないの?」

シャボニーナ 「どうかしら」

シャボナン  「うーん」(としばらく匂いをかぐ)「いい匂いと言われればそんな気もするけど…でも、ずっとかいでいるとなんだか頭が痛くなってきそうな…洗ったら全身この匂いになるのかな?」

シャボニーナ 「それはないと思うけど…」

シャボナン  「じゃ、そろそろ開けてみるね」(テーブルの引き出しからハサミを取り出し、包装フィルムの端を切り、そこからフィルムをはぎ取る)

 


 

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シャボナン  「おお…」(そうっとテーブルに置きながら)「なんか手作り感いっぱいだね」

シャボニーナ 「そうね、切った跡が残ってるもんね」

シャボナン  (顔を近づけて覗きこむ)「それにオレンジの皮みたいなものがついている」

シャボニーナ 「なかなか凝ってるでしょ?」

シャボナン  「でも、やっぱり匂いは結構キツイね」(上の方を向いて)「あたりにこの匂いが漂ってる気がする。ちょっとした芳香剤のようだね」

シャボニーナ (匂いをかぐ仕草)「そんなに強いかしら。私はそうは思わないけど」

シャボナン  「うーん」(首をかしげながら)「なんとなく人工的な匂いのような気もするんだけど…」

シャボニーナ 「人工的?何言ってるの、これは天然のハーブの匂いよ、カレンデュラの」(呆れた様子で)「やれやれ、あなはは本当にそういうこと何も知らないのね」

シャボナン  (ムッとして)「知らなくて悪かったね。どうせボクは花より団子だから。だいたいさ、男でハーブに詳しいなんてことあるわけないよ」

シャボニーナ 「またそんなこと言って」(シャボナンを睨む)「男かどうかなんて関係ないでしょ?男らしさを求められたら、そんなのステレオタイプだって言って逃げるくせに、こういう時は男であることを盾に取るわけね。あのね、そんなの簡単に見透かされるんだから」

シャボナン  「べ、別にそういうわけじゃないよ」

シャボニーナ 「じゃあ、何なのよ。男の人でもハーブに詳しい人はいるかもしれないでしょ?男だから知らないのじゃなくて、あなた自身が知らないだけのことよ」

シャボナン  「わ、分かったよ、分かった」(肩をすくめ)「でもなんでそんなにムキになることあるんだよ」

シャボニーナ 「そういう言い方が好きじゃないだけ」

シャボナン  (後ろを向いて小さい声で)「まったくコワイ女だなぁ、結婚する相手はさぞ大変だ」

シャボニーナ (じろりとシャボナンを睨む)

シャボナン  (狼狽して)「え?あ?あの…そうだ、じゃあ、そろそろシャワーを浴びてこようかなァ。この石鹸もどんなだか使ってみないといけないし。ということで、じゃ、じゃねー」(立ち上がっていそいそと右側のドアから出ていく) 

「シャボン・バッグ」

 

 

シャボナン  「よし、じゃあ、早速行ってくる」(今にも出ていこうとする)

シャボニーナ 「ちょっと待ちなさいよ」

シャボナン  (足を止めて振り返る)「なに?」

シャボニーナ 「行くのはいいわよ、いいけれど」(少し間を置く)「あなたどんな石鹸を持っていくつもり?」

シャボナン  「どんな石鹸?」(笑いながら)「あのさ、ボクは石鹸の妖精なんだよ?それはボク自身が石鹸にもなれるということなの。だからボクを使ってもらうに決まってるじゃないか」

シャボニーナ 「ダメよ、そんなの」

シャボナン  「ダメ?」(目を見開いて)「ダメってどういうこと?シャボンの妖精のボクじゃダメってこと?」

シャボニーナ 「あのね、シャボナン、ワタシは何もあなたがダメと言ってるわけじゃないの。あなたは石鹸としては十分な力を持っているわ。それは私も知ってる。あなたが直接皆に使ってもらいたくなるというのも分かる。でもね」(ティーカップの向きを少し変え)「あなたは1人しかいないの。その意味が分かる?あなたがどこかで使われている間は他の人たちはあなたを知ることができないの。そしてあなたが次の家に行ってしまったらもうその家はあなたを使うことができないの。なぜならあなたは1人しかいないから。石鹸界にたったひとりの存在だから」

シャボナン  「えー?まあ、そりゃそうだけどさ」(まんざらでもない顔をして、再びソファに腰を下ろす)「でも、じゃあ、どうすればいいのさ?」

シャボニーナ 「また人に聞く。さっき自分で考えなさいって言ったばかりじゃないの」

シャボナン  「うーん」(顔をしかめて)「ボク、分かんないんだよ、そういう難しいこと」

シャボニーナ 「それは分からないんじゃなくてただ考えてないだけ」

シャボナン  (ムッとして)「考えてるよ」

シャボニーナ 「どうかしら。でも、まあ、いいわ。あのね、私はこうしたらいいんじゃないかと思うの。ちょっと待って」(立ち上がって左側のドアから出ていく。その間、シャボナンはソファにもたれかかりぶつぶつ言っている。まもなくシャボニーナが戻ってくる。手には小ぶりな鞄)

シャボナン  「ん?なんだい、その鞄は?」

シャボニーナ 「これは私の『シャボン・バッグ』」(そう言ってその黒いバッグを膝の上に置いて座る。長いチェーンのショルダーバッグ)

シャボナン  「シャボン・バッグ?…なんだい、そりゃ?」

シャボニーナ 「ここからいろんな石鹸を出すのよ」

シャボナン  「ほんとに?ハハ、まるで手品みたいだ」

シャボニーナ 「シャボンの妖精は誰だってこれくらいできるわ」

シャボナン  (目を丸くしながら)「へぇ~、初めて聞いたよ。で、石鹸を出してどうすんの?」

シャボニーナ (大きなタメ息をつく)「あなたって人は本当にどこまで鈍いのかしら。あなたが持っていくに決まってるじゃない」

シャボナン  「えーっ!」

シャボニーナ 「何がえーっ、よ?」

シャボナン  「いや、別に…」

シャボニーナ 「ここから出す石鹸は特別なものじゃない。誰でも手に入れることができるものだわ。気に入ってもらえばどこかのお店で買うことができる。だから使った人がひょっとしたら誰かに紹介してくれるかもしれない。そうすれば固形石鹸の良さを分かってくれる人がもっと増えてくるわ。だから、シャボナン、あなたにここから出す石鹸を皆に伝えてほしいの」

シャボナン  「いいけど…」(口ごもる)「それってなんだか石鹸会社の営業マンとそこの女社長みたいじゃない?」

シャボニーナ 「えっ…?」(頬を赤らめ)「そ、そんなことないわよ。あなたはシャボンの国の妖精なの。固形石鹸があなたの力で普及すればこんなにいいことはないじゃない。だいたいあなた、働きたかったんでしょ?いいチャンスじゃないの、頑張って!」
シャボナン  (首を傾けながらつぶやく)「なんだかうまく乗せられてる気もするけど…まあ、いいよ、どうせいつもニーナの言う通りにするしかないんだ」

シャボニーナ (テーブルの上のティーセットを脇にずらし、空いたところにバッグを置く)「さあ、じゃあ早速、今日あなたに渡す石鹸を用意するわ。よく見ててね」

 

 シャボニーナはバッグの中からオレンジ色のスカーフを取り出し、ふわっとバッグに      かける。そしてスカーフの一番上の部分をつまんで動きを止める。

 

シャボニーナ 「一応、呪文があるのよ」

シャボナン  「じゅもん?」

シャボニーナ 「開け、ゴマ、みたいなアレよ」(そう言って目を閉じる。少し黙った後…)「シャボーン、シャボーン、シルブプレ!」

シャボナン  (目が点になっている)「シルブ…ウソだろ…引くわ~、これ…」

シャボニーナ (さっとスカーフを上に取りはらう)「来たわよ、麗しのシャボン」

シャボナン  「なんかハトとか出てきそう…」

シャボニーナ 「さ、あなたが取り出してみて」

シャボナン  「えっ!」(驚いてシャボニーナを見やる)「やだよ、そんなの」

シャボニーナ 「何言ってるのよ、あなたのために用意したのよ、自分で出しなさいよ」

シャボナン  「え~」(顔をしかめる)「噛みついたりしない?」

シャボニーナ 「何訳の分からないこと言ってるのよ、石鹸が噛みつくわけないでしょ」

 

 しぶしぶとファスナーを開け、バッグに手を入れるシャボナン。不安そうな目だけが上下左右に動いている。それからゆっくりと小ぶりな石鹸を取り出す。

 

シャボナン  (そうっとその石鹸をテーブルの上に置く)「よかった、なんでもなくて…」

シャボニーナ 「当たり前でしょ」