カレンデュラ・クリーム before bath
テーブルに置かれたのはベージュ色をした石鹸、黄色の花の絵が描かれた帯び紙を巻いている。その下に「Calendula Cream」の文字。
シャボナン 「か、カレン…」
シャボニーナ 「カレンデュラ・クリームよ」
シャボナン 「カレンデュラ、か…なんだか菊の花みたいだね」
シャボニーナ 「あら、ご名答。日本名はキンセンカといってキク科のお花なのよ。花より団子のあなたにしては上出来じゃない」
シャボナン 「…どうせボクは花より団子ですよーだ」
シャボニーナ 「オレンジ色のきれいな花が咲くんだけれど、殺菌作用とか消炎作用があるから湿布とかの外用や、あるいはハーブティーにして飲んでもいいんだって」
シャボナン 「ふーん、そうなんだ」(手に取って眺める)「『ジョン&ダイアナ』って書いてある。…封を切ってもいいかな?」
シャボニーナ 「ちょっと待って。その前にそこのところをもう少し読んでみて」
シャボナン 「えー?」(面倒くさそうに)「しょうがないな…えー、『ジョン&ダイアナ』、ハンドメイドソープ、…手作りってことだね」
シャボニーナ (頷く)
シャボナン 「乾燥肌、敏感肌向き。ゴートミルク(うるおい成分)配合でお肌にうるおいを与え、肌荒れを防ぎます…なんだか女の人向きなことがいっぱい書いてある」
シャボニーナ 「あら、そうかしら。身体的にも精神的にも敏感なあなたにだってピッタリだと思うけど?」
シャボナン (眉を寄せて)「…それ、どういう意味?」
シャボニーナ 「続きは?」
シャボナン 「原産国、アメリカ…あとは…原材料の小さい字がいっぱいで読む気がしない」
シャボニーナ 「ジョン・アダムスとダイアナ・トンプソンによって、ワシントン州の自宅の石鹸工房で手づくりされた、人と地球にやさしい自然派ハンドメイドアロマ石鹸」
シャボナン 「ふーん」
シャボニーナ 「その横に写真があるでしょ?それがジョン&ダイアナなのよ」
シャボナン 「…本当だ、もう結構なおじいさんとおばあさんだね」(目を細めて文章を読む)「…私たち2人は1997年に石けんづくりをスタートして以来、素材を吟味して肌にやさしい石けんのレシピを考案してきました。私たちの石けんを使った方々のお肌と心が優しく癒され、喜びに満ちたひとときを過ごせるように心をこめて石けんを作ります…」
シャボニーナ 「いいことが書いてあるでしょ?」
シャボナン 「うん。『心が優しく癒され、喜びに満ちたひとときを』というのがいいね。ボクらの大切なことがちゃんと書いてある」
シャボニーナ 「あら、よく分かってるじゃない」
シャボニーナ 「当然だよ」(得意そうに)「ボクら固形石鹸は単に顔身体をきれいにするだけじゃなく、使う人の心を満たすものであること。それを忘れたことはないよ」
シャボニーナ (人差し指を立てて)「いいわ、それならどんな会社の面接だってクリアできる」
シャボナン 「…なんか褒められてるのか、からかわれてるのか分からないけど」(石鹸を鼻に近づけて)「ところでこれ、ビニールに包装されているけど、その上からでも結構匂いがする。開けたらかなり匂い強いんじゃないの?」
シャボニーナ 「どうかしら」
シャボナン 「うーん」(としばらく匂いをかぐ)「いい匂いと言われればそんな気もするけど…でも、ずっとかいでいるとなんだか頭が痛くなってきそうな…洗ったら全身この匂いになるのかな?」
シャボニーナ 「それはないと思うけど…」
シャボナン 「じゃ、そろそろ開けてみるね」(テーブルの引き出しからハサミを取り出し、包装フィルムの端を切り、そこからフィルムをはぎ取る)
シャボナン 「おお…」(そうっとテーブルに置きながら)「なんか手作り感いっぱいだね」
シャボニーナ 「そうね、切った跡が残ってるもんね」
シャボナン (顔を近づけて覗きこむ)「それにオレンジの皮みたいなものがついている」
シャボニーナ 「なかなか凝ってるでしょ?」
シャボナン 「でも、やっぱり匂いは結構キツイね」(上の方を向いて)「あたりにこの匂いが漂ってる気がする。ちょっとした芳香剤のようだね」
シャボニーナ (匂いをかぐ仕草)「そんなに強いかしら。私はそうは思わないけど」
シャボナン 「うーん」(首をかしげながら)「なんとなく人工的な匂いのような気もするんだけど…」
シャボニーナ 「人工的?何言ってるの、これは天然のハーブの匂いよ、カレンデュラの」(呆れた様子で)「やれやれ、あなはは本当にそういうこと何も知らないのね」
シャボナン (ムッとして)「知らなくて悪かったね。どうせボクは花より団子だから。だいたいさ、男でハーブに詳しいなんてことあるわけないよ」
シャボニーナ 「またそんなこと言って」(シャボナンを睨む)「男かどうかなんて関係ないでしょ?男らしさを求められたら、そんなのステレオタイプだって言って逃げるくせに、こういう時は男であることを盾に取るわけね。あのね、そんなの簡単に見透かされるんだから」
シャボナン 「べ、別にそういうわけじゃないよ」
シャボニーナ 「じゃあ、何なのよ。男の人でもハーブに詳しい人はいるかもしれないでしょ?男だから知らないのじゃなくて、あなた自身が知らないだけのことよ」
シャボナン 「わ、分かったよ、分かった」(肩をすくめ)「でもなんでそんなにムキになることあるんだよ」
シャボニーナ 「そういう言い方が好きじゃないだけ」
シャボナン (後ろを向いて小さい声で)「まったくコワイ女だなぁ、結婚する相手はさぞ大変だ」
シャボニーナ (じろりとシャボナンを睨む)
シャボナン (狼狽して)「え?あ?あの…そうだ、じゃあ、そろそろシャワーを浴びてこようかなァ。この石鹸もどんなだか使ってみないといけないし。ということで、じゃ、じゃねー」(立ち上がっていそいそと右側のドアから出ていく)