シャボン&ピース

シャボン宮殿での日々の一コマ

サボン・ド・マルセイユ・ビッグバー in the bath

 

 

 

場面変わってバスルーム。シャボナンがバスに浸かっている。右手にサボン・ド・マルセイユ・ビッグバーの一片。

 

シャボナン  「見た感じは悪くないんだよなあ」(そう言って石鹸を何度かひっくり返して見る)「いや、ほんと。なかなかいい線いってるよ、これ。素材の良さが表に出てる」

 

そこに突然シャボニーナの声。「もうそれは分かったから早く使いなさいってば」

 

シャボナン  「うわっ」(驚いてバスから半身を出し、あたりを見回す)「びっくりしたなァ、もう。いきなり紳士の入浴の場に入ってこないでよ」

シャボニーナ 「あなたのどこが紳士なのよ、笑わせないで。それを言うなら私の方こそ淑女だから、あなたのバスルームに入るような真似はしなくてよ。これは声だけ、安心して。それよりいつまでお湯につかってんのよ、早く石鹸使わないとのぼせちゃうでしょ?」

シャボナン  (げんなりして)「分かったよ、使うよ、使う。使えばいいんだろ?」(濡らした手で石鹸をつかみ、両手で泡立てる)

シャボナン  「お?泡立ちはいい感じ」

シャボニーナ 「でしょ?」

シャボナン  「うん、なんていうか、触り心地がいい。優しいものを使っている気がする」

シャボニーナ 「いいこと言うじゃない?その通りよ。地中海の太陽のもとで育った良質のオリーブオイル。それに南フランスの天然食用塩。それとパーム油ね」

シャボナン  「さっきも思ったんだけど、パーム油ってなんだっけ?」

シャボニーナ 「パーム油というのはアブラヤシという木から採れる植物油のこと。マーガリンなんかにも使われているわ。つまりこのビッグバーという石鹸はすべてが身体に入れてもいい原材料からできているというわけ。製造過程で最初に大きな釜で原料を煮るんだけど、最後に出来具合を確かめる時、なんと口に含んでみるんだって。それだけ身体にも優しいということよ」

シャボナン  「え~っ?口に入れちゃうんだ、すごいね」(十分に泡立ててから、顔を洗う。まず鼻とその周り、次に目、それから額、頬、顎から耳にかけてのライン。一通り終わったら再び目鼻のあたりを入念に洗う)「なんかいいね、これ」(目をつぶったまま話し出す))「なんていうんだろう。洗い心地がいい。肌にすごくなじんでいる気がする。ずっと洗っていたいような、そんな気がする」

シャボニーナ 「匂いはどう?」

シャボナン  「匂いは」(少し間を置く)「匂いはする。でも」(泡をつけたまま動作を止める)「洗うことの気持ちよさのおかげで匂いがそれほど気にならない」(そう言ってから手さぐりでシャワーに手を伸ばし、顔をゆすぎ始める。ゆすぎ終わって目を開き、両の頬を手のひらでなでる)「洗い上がりもグッド」

シャボニーナ (笑う)「なんだか石鹸のコマーシャルみたいね」

シャボナン  「だってそういうコメントを求めていたんだろう?」

シャボニーナ 「素直なコメントでいいのよ。いやだったらいやでいいんだし」

シャボナン  (それには答えず再び石鹸を泡立てる)「確かこれ、頭も洗えるって書いてあったよね?」

シャボニーナ 「そうよ。髪の毛も洗えるわ」

シャボナン  (髪を洗い始める)

シャボニーナ 「それどころか、食器だって洗えるのよ。天然の材料だから何を洗ってもいいの。とはいってもその辺は好き好きだけどね」

シャボナン  (しばらく洗っていたがやがて手を止める)

シャボニーナ 「どう?髪の毛は」

シャボナン  「髪は微妙だね」(再び手を動かす)「泡切れが早いかも」

シャボニーナ 「あら、そうなの?」

シャボナン  「うん、今日は髪の毛にワックスをつけていないから泡が立ちやすいはずなんだけど、だんだん泡がなくなってきちゃった」

シャボニーナ  (シャボナンの頭を見やりながら)「そういえば泡が少なくなってる?」

シャボナン  「うん、洗ってる感じで分かる。少なくなってる。泡の持ちが弱いね、髪の毛を洗うと」

シャボニーナ (残念そうに)「あらー、そこは減点かしら」

シャボナン  「うーん」(といって手のひらの泡を見る)「そもそもこれに比べるとシャンプーの泡立ちといったらすごいからね。洗えば洗うほど泡立ってくる。実際、あの泡立ちで、洗ってるという感じがするところもある」

シャボニーナ 「逆に言えば泡立たないと洗ってる感じがしないと」

シャボナン  「そう。たとえ実際は洗えてるとしてもね」(シャワーで髪の毛の石鹸を洗い流す。それから右手で髪をなぞって)「あと洗い終わりもシャンプーの方がいいみたいだよ」

シャボニーナ 「あら」

シャボナン  「よく石鹸で髪を洗うと油分が取れすぎて、って言うのかな、髪がキュッキュッするだろ?…あんな感じがある」(そう言ってもう一度髪に手を入れる)「小さい子用ならともかく、これまでシャンプーを使ってきた人には勧めにくいかも。多分、受け入れられないよ…あくまで髪の毛にはってことだけど」

シャボニーナ 「シャンプーはコンディショナーとセットで使う人も多いもんね、しょうがないか」

シャボナン  「うん」(タオルに石鹸をこすりつける)「さて、次は身体だ」

シャボニーナ 「そういえばあなた今どきタオル使ってるわけ?」

シャボナン  (不思議そうに手を止め)「どういうこと?みんなタオル使わないの?」

シャボニーナ 「そうじゃなくて、タオルじゃなくて今はスポンジとか使う人が多いんじゃないかしら」

シャボナン  「そうかな、スポンジって痛いじゃん」(タオルの泡立ちぐあいを見る)「ほら、結構いい感じ。ちゃんと泡立つよ」(泡立てたタオルを見ながら)「これ、ひょっとしたらボディソープよりいいかも」

シャボニーナ 「そりゃそうでしょうよ…それより」(いぶかしげに)「あなた固形石鹸の妖精なのにボディソープなんて使ったことあるの?」

シャボナン  「え?ま、まあ、…勉強のためにね」(やや焦りながら)「でも見てごらんよ、この泡。実はボディソープってスポンジならともかく、タオルに使うと意外に泡立たないんだ。プシュップシュッって2度3度出してゴシゴシやっても思ったほど泡立たないんだ」

シャボニーナ (ふーん、とうなずく)

シャボナン  「ひょっとしたら、液体だとタオルの中のほうに流れちゃうのかもしれない。だからいくらつけても泡立ちが弱いのかも。その点、固形石鹸ならタオルのつけた面だけに残るからゴシゴシやればしっかり泡ができるのかもしれない」(そう言って右腕から洗い出す)

シャボニーナ 「どう?」

シャボナン  「いいね、これ」(タオルを右手に持ち替え、左腕を洗う)「丁寧に汚れを落としてくれている気がする。同時に肌もいたわってくれてる気も。何とも言えず優しい感じだね」(そこでちょっと止まって考え事をする)「やっぱり優しいのが一番だよ」(間)「優しさがない人は何か大切なものが欠けているんだ」

シャボニーナ 「それはどういうことかしら?…ひょっとして私に対するあてつけ?」(急に低い声になる)

シャボナン  (慌てて)「え?…ち、違うよ、違う」

シャボニーナ 「どうせ私は優しさに欠けた女よ」

シャボナン  「そうじゃない。何もニーナのことを言ってるんじゃないよ」

シャボニーナ 「せいぜい優しい女の子でも探しに行ったらいいじゃない。私はもう行くから」

シャボナン  「だからニーナのことじゃないってば」(慌ててシャワーで泡を洗い流す)「ねえ、ニーナ!」

(返事はない。シャワーの音だけがバスルームに響いている)