シャボン&ピース

シャボン宮殿での日々の一コマ

「シャボン・バッグ」

 

 

シャボナン  「よし、じゃあ、早速行ってくる」(今にも出ていこうとする)

シャボニーナ 「ちょっと待ちなさいよ」

シャボナン  (足を止めて振り返る)「なに?」

シャボニーナ 「行くのはいいわよ、いいけれど」(少し間を置く)「あなたどんな石鹸を持っていくつもり?」

シャボナン  「どんな石鹸?」(笑いながら)「あのさ、ボクは石鹸の妖精なんだよ?それはボク自身が石鹸にもなれるということなの。だからボクを使ってもらうに決まってるじゃないか」

シャボニーナ 「ダメよ、そんなの」

シャボナン  「ダメ?」(目を見開いて)「ダメってどういうこと?シャボンの妖精のボクじゃダメってこと?」

シャボニーナ 「あのね、シャボナン、ワタシは何もあなたがダメと言ってるわけじゃないの。あなたは石鹸としては十分な力を持っているわ。それは私も知ってる。あなたが直接皆に使ってもらいたくなるというのも分かる。でもね」(ティーカップの向きを少し変え)「あなたは1人しかいないの。その意味が分かる?あなたがどこかで使われている間は他の人たちはあなたを知ることができないの。そしてあなたが次の家に行ってしまったらもうその家はあなたを使うことができないの。なぜならあなたは1人しかいないから。石鹸界にたったひとりの存在だから」

シャボナン  「えー?まあ、そりゃそうだけどさ」(まんざらでもない顔をして、再びソファに腰を下ろす)「でも、じゃあ、どうすればいいのさ?」

シャボニーナ 「また人に聞く。さっき自分で考えなさいって言ったばかりじゃないの」

シャボナン  「うーん」(顔をしかめて)「ボク、分かんないんだよ、そういう難しいこと」

シャボニーナ 「それは分からないんじゃなくてただ考えてないだけ」

シャボナン  (ムッとして)「考えてるよ」

シャボニーナ 「どうかしら。でも、まあ、いいわ。あのね、私はこうしたらいいんじゃないかと思うの。ちょっと待って」(立ち上がって左側のドアから出ていく。その間、シャボナンはソファにもたれかかりぶつぶつ言っている。まもなくシャボニーナが戻ってくる。手には小ぶりな鞄)

シャボナン  「ん?なんだい、その鞄は?」

シャボニーナ 「これは私の『シャボン・バッグ』」(そう言ってその黒いバッグを膝の上に置いて座る。長いチェーンのショルダーバッグ)

シャボナン  「シャボン・バッグ?…なんだい、そりゃ?」

シャボニーナ 「ここからいろんな石鹸を出すのよ」

シャボナン  「ほんとに?ハハ、まるで手品みたいだ」

シャボニーナ 「シャボンの妖精は誰だってこれくらいできるわ」

シャボナン  (目を丸くしながら)「へぇ~、初めて聞いたよ。で、石鹸を出してどうすんの?」

シャボニーナ (大きなタメ息をつく)「あなたって人は本当にどこまで鈍いのかしら。あなたが持っていくに決まってるじゃない」

シャボナン  「えーっ!」

シャボニーナ 「何がえーっ、よ?」

シャボナン  「いや、別に…」

シャボニーナ 「ここから出す石鹸は特別なものじゃない。誰でも手に入れることができるものだわ。気に入ってもらえばどこかのお店で買うことができる。だから使った人がひょっとしたら誰かに紹介してくれるかもしれない。そうすれば固形石鹸の良さを分かってくれる人がもっと増えてくるわ。だから、シャボナン、あなたにここから出す石鹸を皆に伝えてほしいの」

シャボナン  「いいけど…」(口ごもる)「それってなんだか石鹸会社の営業マンとそこの女社長みたいじゃない?」

シャボニーナ 「えっ…?」(頬を赤らめ)「そ、そんなことないわよ。あなたはシャボンの国の妖精なの。固形石鹸があなたの力で普及すればこんなにいいことはないじゃない。だいたいあなた、働きたかったんでしょ?いいチャンスじゃないの、頑張って!」
シャボナン  (首を傾けながらつぶやく)「なんだかうまく乗せられてる気もするけど…まあ、いいよ、どうせいつもニーナの言う通りにするしかないんだ」

シャボニーナ (テーブルの上のティーセットを脇にずらし、空いたところにバッグを置く)「さあ、じゃあ早速、今日あなたに渡す石鹸を用意するわ。よく見ててね」

 

 シャボニーナはバッグの中からオレンジ色のスカーフを取り出し、ふわっとバッグに      かける。そしてスカーフの一番上の部分をつまんで動きを止める。

 

シャボニーナ 「一応、呪文があるのよ」

シャボナン  「じゅもん?」

シャボニーナ 「開け、ゴマ、みたいなアレよ」(そう言って目を閉じる。少し黙った後…)「シャボーン、シャボーン、シルブプレ!」

シャボナン  (目が点になっている)「シルブ…ウソだろ…引くわ~、これ…」

シャボニーナ (さっとスカーフを上に取りはらう)「来たわよ、麗しのシャボン」

シャボナン  「なんかハトとか出てきそう…」

シャボニーナ 「さ、あなたが取り出してみて」

シャボナン  「えっ!」(驚いてシャボニーナを見やる)「やだよ、そんなの」

シャボニーナ 「何言ってるのよ、あなたのために用意したのよ、自分で出しなさいよ」

シャボナン  「え~」(顔をしかめる)「噛みついたりしない?」

シャボニーナ 「何訳の分からないこと言ってるのよ、石鹸が噛みつくわけないでしょ」

 

 しぶしぶとファスナーを開け、バッグに手を入れるシャボナン。不安そうな目だけが上下左右に動いている。それからゆっくりと小ぶりな石鹸を取り出す。

 

シャボナン  (そうっとその石鹸をテーブルの上に置く)「よかった、なんでもなくて…」

シャボニーナ 「当たり前でしょ」