シャボン&ピース

シャボン宮殿での日々の一コマ

柿渋 before bath

 

 

 

秋晴れの日。開け放たれた窓からはそよそよと風が入ってくる。ソファで居眠りしているシャボナン。そこへ右側のドアからシャボニーナが果物を盛ったお皿を持って入ってくる。

シャボニーナ 「シャボナン、いつまで寝てるの?もう3時よ、そろそろ起きなさい、デザート用意したから」

シャボナン  「ふわあ~」(目をこすりながら起き上がって伸びをする)「あ~よく寝た。今何時?」

シャボニーナ 「だから3時だってば」(テーブルにお皿を置く)

シャボナン  「えっ?もう?…そうか、お昼ご飯の後、つい眠り込んじゃったんだ」(皿を見て)「お、フルーツだ、いいね」

シャボニーナ 「リンゴと柿よ。この前ネットスーパーで頼んだのが届いたの」

シャボナン  「あ、ボク、リンゴだけでいい」

シャボニーナ 「柿も食べなさいよ」

シャボナン  「いや、いいよ、柿は」

シャボニーナ 「どうして?柿はビタミンCも豊富で健康にもいいのよ」

シャボナン  「そうかもしれないけど」(フォークでリンゴを突き刺す)「柿はあまり好きじゃないんだ」

シャボニーナ 「あら、そうなの?私は好きだけど」

シャボナン  「ならいいじゃん」(そう言ってリンゴをかじる)「うわ、ウマ、このリンゴ」

シャボニーナ (タメ息をついて)「好き嫌いがはっきりしているのは昔からね。なんでも食べないとダメよ」

シャボナン  (返事をせず、リンゴを食べ続けている)

シャボニーナ 「あ、そうだ、忘れてた」(テーブルの下からバッグを取り出す)

シャボナン  (ちらりとバッグを見て)「出た。石鹸かばん」

シャボニーナ 「ちょっと、『シャボン・バッグ』って言ってくれない?これでもデザインはシャネルを意識したんだから」

シャボナン  「え~?そうなの?本物のシャネルが買えないからよく似たので我慢してるとか?そういうのやめたほうがいいよ」

シャボニーナ (ムッとして)「大きなお世話よ、買えなくて悪かったわね。だいたいあなたシャネルのバッグがいくらするか知ってるの?普通のサラリーマンの1か月分の給料くらいはしちゃうのよ」

シャボナン  (フォークを皿に置く)「なんだか現実的な話になってきたなあ」

シャボニーナ 「だからいいの、これはシャネルへのあこがれを形にしてあるだけ。それより」(バッグを開け、中から包みを取り出す)「今日の石鹸は好き嫌いの激しいあなたにピッタリの石鹸よ」

シャボナン 「えー?石鹸ならボクは基本的になんでもオーケーだよ」(そう言ってオレンジ色のパッケージを手に取る)「えー、ん?…なんだこりゃ?『柿渋』?」


パッケージには柿の絵が描かれている。真ん中に縦書きで大きく「柿渋」の文字。


シャボナン  「うわ~、なんと、柿の石鹸かぁ。これまたずいぶん渋い石鹸出してきたなァ。…何々?」(石鹸のパッケージに目をやり)「カキタンニン配合、『いつも清潔 サラサラ素肌 ニオイさっぱり 柿渋石鹸』…ハハ、語呂がいいね。なんだかテレビのコマーシャルみたい」

シャボニーナ 「石鹸ならなんでもオーケー、だったわよね。今さらボクは柿の石鹸は好きじゃありません、なんて言ってもだめだからね」

シャボナン  「うーん」(渋い顔をして包みを見ている)「ちょっと開けてみてもいい?」

シャボニーナ 「どうぞ」

 

 

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シャボナン  「うわぁ、これ、めっちゃフツーじゃん!これまでの石鹸の中でもダントツ普通だね。いかにも石鹸って感じ。これこそ銭湯にありそう」

シャボニーナ 「銭湯にこんな石鹸があるかしら?」

シャボナン  「あるよ、あるある」(そう言って石鹸を手に取る)「この丸みを帯びた形といい、なんだかはっきりしないくすんだ色といい、このテの石鹸、絶対銭湯にあるよ。年配の人とか使ってそう」

シャボニーナ 「でも柿よ、柿の石鹸ってそうは見たことなくない?」

シャボナン  「え?うーん、柿か…まあ、それはそうだね。でもこれ本当に柿の匂いするの?」(石鹸の匂いをかぐ)「なんだ、これ?柿の匂いなんてしないぞ?」

シャボニーナ 「あら、そう?」

シャボナン  (もう一度鼻に近づける)「うーん、これは、なんていうんだろう。すごく人工的な匂いがする…柿の匂いじゃない…ダメだ、長いことかいでるとクラクラしそう…」(石鹸をテーブルに戻す)

シャボニーナ 「そうかしら?」(石鹸を取って匂いをかぐ)「うーん…確かに柿の匂いとはちょっと違うような…」

シャボナン  「でしょ?ボク的にはあまり気が進まないね、これを使うのは」

シャボニーナ 「でも私のシャボン・バッグが出したものだからどこかいいところはあるのよ」

シャボナン  「えー?」(驚いて)「シャボン・バッグってニーナが出したいものが出てくるんじゃないの?」

シャボニーナ 「違うわ、残念ながらまだその域には達していないのよ」(バッグを閉じて)「まだ修行中ってとこ」

シャボナン  「…じゃあ、バッグの意思で出していると?」

シャボニーナ 「そうよ」

シャボナン  「信じられない…」(間)「じゃあ、この柿石鹸もバッグが自分で選んだということ?」

シャボニーナ 「そういうことになるわね」

シャボナン  「う~ん、ウソみたい。なんだかアメリカの映画みたいな話だなァ」(もう一度石鹸を見て)「でもこれはやっぱり選択ミスじゃないの?シャボン・バッグの」

シャボニーナ 「そんなことないと思うわ」

シャボナン  「いや~どうかな?」(パッケージを手に取って説明を読む)「だってこうして読んでみると、原材料もこれまでの天然のものと違って結構人工的なものが書いてあるよ。そういうの使って皮膚によくないことないかな?ボク、昔、人から勧められたシャンプーを使って頭皮が赤くなったことがあるんだ」

シャボニーナ 「本当?そんな話、初めて聞いたわ」

シャボナン  「大変だったんだよ、髪の毛まで抜けてきてさ」(頭を触る)

シャボニーナ 「そうなんだ…」(小声で)「抜け毛の妖精…」

シャボナン  「あのさ、その、ヘンな形容詞つけてナントカの妖精っていうの、やめてくんない?すごくカッコ悪いんだけど」

シャボニーナ 「あら、気にしてたの?」

シャボナン  「気にするよ、そりゃ」(石鹸を手にしたまま)「にしても大丈夫かなあ、これ」

シャボニーナ 「平気よ」

シャボナン  「そんなこと言ったって根拠がないじゃないか?ボクとしてはこれはあんまり気が進まないけど」

シャボニーナ 「何にだって取り柄はあるものだわ」(シャボナンをちらと見て)「誰かさんと違ってね」

シャボナン  「なんだよ、それ」(ふくれる)「ボクにだって取り柄くらいあるさ」

シャボニーナ 「本当?例えば?」

シャボナン  「例えば…そうだな、例えば、その…」(少し考えて)「心が細やかなところ」

シャボニーナ 「こ…」(笑いそうになる)「いや、あなたの場合は心が細やかなんじゃなくて、正しくは(言っちゃっていいかしら?)神経質っていうのよ」

シャボナン  (ムッとする)「違うよ」

シャボニーナ 「違わないわよ、だって今だってそうじゃない。この柿渋だって、そんな遠い昔の石鹸じゃないんだから、あなたが特別皮膚が弱いとかならいざ知らず、現代に作られている石鹸で皮膚によくないなんてことあると思う?」

シャボナン  (憮然として)「分からないよ、そんなこと」

シャボニーナ 「分かるわよ、だいたい。悪いけどあなたは気にしすぎ。心配しすぎ。心配性のあなたの想像することなんて実際はほとんど起こらないから。まあ、いいから一度使ってらっしゃい」(そう言って空いた皿を片付けにかかる)

シャボナン  (タメ息をつく。石鹸を手にして立ち上がる。小さな声でつぶやく)「…柿なんて大キライだ」