シャボン&ピース

シャボン宮殿での日々の一コマ

柿渋 after bath

 

 

 

シャボナンが左側のドアからソファ室に戻ってくる。手にはストローを差したグラス。紅茶を飲んでいたシャボニーナがカップを持つ手を止める。

シャボニーナ 「あら、意外に早かったのね」(壁の時計を見て)「まだ4時よ」

シャボナン  「今日はずっと宮殿の中にいたからね。大して汗もかいてないし。シャワーでさっと流しただけだよ」

シャボニーナ 「そう。で、あなたの好きな柿の石鹸はどうだったの?」

シャボナン  「柿は好きじゃないってば」(ストローでジュースを一口飲む)「アップルジュースは好きだけど…うまい」(もう一口飲む)

シャボニーナ 「…石鹸のことを聞いているんだけど」

シャボナン  「ああ石鹸?石鹸は…まあ可もなく不可もなく、といったところかな」

シャボニーナ 「…まったく何も分からないわね、それじゃ…匂いはどうだったの?」

シャボナン  「匂いはほとんどしなかった。どうやらこれは他の石鹸にも共通して言えることみたいだけど、お風呂の中で使うと石鹸の匂いはさほど気にならないんだね。顔を洗っても特別匂いがどうとは感じなかったな」(と言ってソファに腰かける)

シャボニーナ 「ふーん、そういうものなの」

シャボナン  「うん、あとよかったのは形だね」

シャボニーナ 「形?」

シャオボナン 「そう、形。実を言うとボク、丸っこい石鹸はあんまり好きじゃないんだ。角がピッと立った四角い、角ばった石鹸が好きなんだ。なんていうか、シャープな形に美を感じるんだよ。そういう意味もあって今回の石鹸はあまり興味を惹かなかった。でもね」(グラスをテーブルに置いて)「持ちやすいんだよ、あの石鹸。丸っこくって。それと微妙にアーチを利かせた形、あれがとっても握りやすいんだ。すごく手にしっくりくる。タオルで泡立てる時もしっかり握れるから力を入れてゴシゴシできる」

シャボニーナ 「そういえばそんな形してたかしら」

シャボナン  「あのアーチ型はどうやって思いついたんだろう。ほとんどの固形石鹸はそんな形をしていないもんね。だいたいが真っ平らか、あるいは中央に向かって厚みがあるタイプが多いから」

シャボニーナ 「そうね」

シャボナン  「腕時計なんかでもスイス製の高級腕時計の中には手首にそってカーブしているものがあるけど、あれなんか手につけるとすごくフィットするんだって」

シャボニーナ 「そんなことよく知ってるわね?でもそういうの高いでしょ?」

シャボナン  「そりゃあね。でも高いだけのことはあるよ」

シャボニーナ 「私も欲しいなあ」

シャボナン  (それには答えず)「あと、泡立ちもなかなかよかった。身体を洗っているうちに泡が切れてくるということもなかったしね。結構これはポイントなんだ、泡の持続力。洗っている途中で泡が切れてくる石鹸はメンドクサイ」

シャボニーナ 「洗い上がりは?」

シャボナン  「サッパリしていてよかった。もっともボクはだいたいどんな石鹸でもそう感じるんだけどね。ただ…」

シャボニーナ 「ただ?」
シャボナン  「あ、いや、なんでもない」(首を振る)

シャボニーナ 「何よ、言い出したんなら最後まで言いなさいよ」

シャボナン  (そっぽを向いて)「どうせまた神経質とか言われるから」

シャボニーナ (呆れたという様子で)「あのね(あなた分かってないわね)、そういうところがいけないっていうの。そういう(ウジウジした)ところが神経質だっていうの。そんな(男の腐ったような)物言いするんじゃなくて、思ったことがあったらはっきり言いなさいよ」

シャボナン  (ふくれて)「そんな言われ方をするとますます言いたくなくなるんだけど…」(間)「じゃあ、言うけどさ、ボク、まだ夏の汗疹がちゃんと治ってないんだ。まだかゆみが残ってる。それでこの石鹸で背中を洗ったとき、気のせいか少しピリピリするように感じたんだ」

シャボニーナ 「あら、そういうことなの。それならそうとはっきり言えばいいのに。ちょっと合わなかったのかしら」

シャボナン  「分からない。ほんの少しそう感じただけだから。ひょっとしたら気のせいかもしれない」

シャボニーナ 「確かにね、あなた神経質、…じゃない、心がこまやかだもんね。とすると、少し皮膚に刺激があるとかそういうこと?」

シャボナン  「そこまでは断定できないけど…でももしかしたらこの石鹸は皮膚に何かできている時は避けた方がいいのかも。そういうときは別の石鹸を使ったほうがいいのかもしれない」

シャボニーナ 「別の石鹸ね…じゃあ逆にどんな人が向いているのかしら?」

シャボナン  「そうだね、例えば」(少し考えて)「そう、例えば運動部の合宿で男子学生がタオルに泡立ててガシガシと洗うなんていうのに合ってる気がする」

シャボニーナ 「何、その具体的な例は?」

シャボナン  「今パッと思いついたんだ。銭湯でおじいさんが使いそうというのじゃ普通でしょ?それよりも若い人が使ったほうがインパクトがある。そう、運動部の合宿なんかピッタリだよ。合宿のお風呂。当然、場所もオシャレなバスルームとかじゃなくて、古い旅館や民宿とかにありそうな昔ながらのタイル張りのお風呂でなくちゃいけない。タイルがところどころ抜け落ちてたりするようなね。そこに練習を終えた学生がドヤドヤと入ってくる。どいつもこいつも汗まみれ。一人一人が洗い場に座り、まずは頭からシャワーをかぶり、まず髪を洗う。それが終わったら顔身体だ。石鹸をタオルにガシガシとこすりつけ、いっぱい泡立たせる。終わったら鏡の前にポンと放り投げ、それを隣の学生が手を伸ばしてまた使う。ガシガシ。…そんなイメージかな。この丸っこい形といい、明るいのか暗いのか分からないビミョーな色合いといい、まさにそういうところにピッタリだと思う。あまりオシャレな石鹸だと似合わないからね」

シャボニーナ 「なんだかほめているのか、けなしているのかよく分からないコメントね」

シャボナン  「そんなことないよ。だって民宿にカレンデュラクリームってわけにはいかないだろ?」

シャボニーナ 「まあ、そりゃ、そうだけど」

シャボナン  「といってアレッポの石鹸もちょっと違う。もちろんグレープフルーツなんてわけにもいかない。ここはやっぱり柿渋なんだよ」

シャボニーナ 「うーん…まったく理論的な説明ではないけれど、妙に説得力があるように感じるのはなぜかしら」

シャボナン  (笑いながら)「力強い言葉は民衆を惹きつける、だよ、ニーナ。政治家だってよく使うだろ?それと同じ。『民宿には柿渋、旅館には柿渋、合宿には柿渋』ってね、分かりやすいじゃん」

シャボニーナ 「…聞けば聞くほど理解できない。できないけどそんな気もしてくるから不思議だわ」

シャボナン  「でしょ?『柿渋、柿渋、柿渋に清き一票をお願いします』ってね」