シャボン&ピース

シャボン宮殿での日々の一コマ

 

 

 

シャボナン  「今日さ、実は宮殿を出て、あるオジサンの家に行ってきたんだ」

シャボニーナ 「あら、そうなの?」

シャボナン  「そのオジサンは40代後半の人なんだ。たしか48歳だったと思う。48歳といえばもう立派なおじさんだよね」

シャボニーナ 「まあ、そうでしょうね」

シャボナン  「でさ、その人はさ、もうずーっと、20年以上会社勤めをしているんだけどさ、でもその割に役職っていうのかな、あまりエライ地位にはついていないみたいなんだ」

シャボニーナ 「ふーん」(紅茶のカップに手を伸ばす)「窓際ってことなのかしら」

シャボナン  「いや、このオジサンの場合は事務職じゃなくて営業職のようだから、窓際かどうかはパッと見には分からない。でもこれくらいの年齢で役職じゃないってことはそんなに重要視されていないのかもしれない。まわりはオジサンより幾分若いひとばかりだし」

シャボニーナ 「でもそんな人は世間にいくらでもいるでしょう?可哀想かなとは思うけど誰もが管理職になれるわけじゃないし」

シャボナン  「そうだね、確かにそういう人ならいっぱいいると思う。でもこのオジサンがそういう人と違うのは、『いまだに夢を見ている』ということなんだ」

シャボニーナ 「夢を見ている?」

シャボナン  「そう」

シャボニーナ 「別に夢を見ていたっていいんじゃない?何か不都合があるのかしら?」

シャボナン  「いや、これは微妙な違いだから分かりにくいんだけど、『夢がある』というのと『夢を見ている』というのは似ているようで実はまったく違うものなんだ」

シャボニーナ 「よく分からないわ…どういうことかしら?」

シャボナン  「なんていえばいいかな、つまりね、夢があるというのはそれに向かって努力をしているということなんだ。自分自身が骨身を削ってまでとは言わないまでも、それ相応を努力をしている。目標に向かって一歩一歩進んでいる、もしくは進むための準備をしている。そしてそれを見たまわりの人もその人の夢を応援したくなる。それが『夢がある』ってことなんだ。分かるよね?でも、『夢を見ている』というのはこれとは違う。本人は頭の中で夢のことを考えるけど、それはただ考えているだけで、それに向かっての努力は何もしていない。当然、まわりの人にもそんな話はしていない。話したところで応援してくれる人なんかいない。そりゃそうだよね、夢を口先でもて遊んでいるだけなんだから。だから叶うはずもない。これが『夢がある』と『夢を見ている』の違いなんだよ」

シャボニーナ 「その説明すべてに納得できるわけじゃないけど」(少し考え込んでから)「あなたの言いたいことはなんとなく分かるわ。で、そのオジサンはどんな夢を見ているのかしら?」

シャボナン  「それがね、笑っちゃうんだけど、作家なんだよ」

シャボニーナ 「作家?」

シャボナン  「そう、作家」

シャボニーナ 「ふーん、作家かあ。でも作家ならそれくらいの年齢からなった人もいるんじゃない?別に不思議なことじゃないわ」

シャボナン  「そうじゃんないんだよ」

シャボニーナ 「どういうこと?」

シャボナン  「つまりさ、一言で言えばね、書いてないんだよ」

シャボニーナ 「書いてない?」

シャボナン  「そう。何も書いてないんだ」

シャボニーナ 「だってそのオジサンは作家になりたいんでしょ?だったら何かを――その内容の是非は別にしても――書いてるはずじゃない?それが当然だと思うわ」

シャボナン  「そうだよね、ニーナの言う通りだ。だからボクもずっとオジサンのことを観察していたんだ。でもやっぱり書いていなかった」

シャボニーナ 「まさか」

シャボナン  「そのまさかなんだ。このオジサンは作家になることを夢見ながら、その実、何も書いていないんだ」

シャボニーナ 「だってそれじゃ作家になんてなれるわけないわ」

シャボナン  「だよね、書いてなければなれるわけがない。でもオジサンは作家になりたいと思っている。たしかにこれまでを振り返れば、まったく何も書いてなかったというわけじゃない。いくつか書きかけたことはあった。一つや二つじゃない。だけど問題はそのどれもが完結していないということなんだ」

シャボニーナ 「完結していない?」

シャボナン  「つまりね、これまでいくつかの小説を書きだしたことはあるんだけど、ひとつとして完成したことはなく、すべてが尻切れトンボで終わっているってことだよ」

シャボニーナ 「それじゃ無理よ、作家になんてなれっこないわ」

シャボナン  「でも困ったことには、オジサン自身はそのことに気づいていない。いや、ひょっとしたらうすうす気がついているのかもしれないけど、あえてそのことに目をつぶっている。だってそれが――つまり作家にはなれないということが――確定してしまったらオジサンの心の拠り所がなくなってしまうから」

シャボニーナ 「心の拠り所…」

シャボナン  「そう。オジサンははっきり言って会社の仕事はできない。できないから今のような冴えない地位にいる。まわりからもそんな目で見られているし、本人もその視線に気づいている。それなりに悔しい思いもしているんだろう。そんなオジサンの唯一の心の拠り所、唯一の心の支えは、自分はいつか作家になって周りの人間を見返してやるという、その思いだけなんだ」

シャボニーナ 「うーん…だったら書かないと」

シャボナン  「だよね。本当はオジサンもそう思っている。会社にいる時は。会社にいて悔しい思いしている時は。見ていろ、って。でも、家に帰るとその日の悔しい思いも忘れちゃって、とりあえずお酒を飲みだす。この時点では本人は作家の夢のことが少しは頭にあるからいくらかそのことを気にしている。だからとりあえず今は酒を飲むけれど、飲み終わったら書こうとは思っている」

シャボニーナ 「それは無理よ。飲んじゃったら書けるわけないわ」(少し間をおいて)「その人がよっぽどお酒に強いとかならともかく」

シャボナン  「その通り。そしてオジサンは酒に強くない。だから結局は酔っぱらって最後は眠くなってきちゃう。『ま、明日、書けばいいか。明日書こう』ってね。もちろん明日だって同じ光景がリプレイのように繰り返される」

シャボニーナ 「…それでは絶対に作家になんてなれないわね」(大きく息を吐き)「というか、それでは何者にもなれないわ」

シャボナン  「そう。そんな生活をこのオジサンはかれこれ20年も続けている」

シャボニーナ 「20年?」

シャボナン  (頷く)

シャボニーナ 「もう無理よ、あきらめたらいいのに。だってそんなこと繰り返していても何も生み出さないじゃない」

シャボナン  「でもそれがなくなったら自分が何にもなれないという現実を突きつけられることになる。自分の非力を、才能のなさを認めなくてはならなくなる。そうしたらオジサンの人生はある意味、ジ・エンドだ。だから夢をちゅうぶらりんのままにして、言葉は悪いけど、人生の逃げ道を作っているんだよ。オレは会社ではこんな冴えない人間だけど、作家としての人生が残されている。誰もそのことに気づいてないがオレには作家としての道がある。オレは今のような仕事をするような人間ではない。そう考えている限り、オジサンの人生はまだ希望を持って続けていくことができる。たとえそれが見当はずれの考えであったとしても」

シャボニーナ 「でもそんなことをしていても結局は何も生み出さないわ」

シャボナン  「そう、だけどオジサンにとって大切なのはそういう冷たい現実を知ることではなくて、逃げ道を用意しておくってことなんだ。オレは会社では味噌っかすみたいなもんだけど、文章の世界ではひとかどに人間になれる。その世界へ歩む道がもう目の前まで来ているってね」

シャボニーナ 「うーん」(考え込む)「書いてなければそんな道は開けないわ。どうして書こうとしないのかしら?」

シャボナン  「答えは簡単だよ。要するに書けないから。才能がないから。本人にとっては書こうとして書けなければそのことを認めなくてはならなくなる。でも書いてない限り、自分には本当は才能があると思いこむことができるんだよ。偽りの、作り物の自分の姿を見ていられる」

シャボニーナ 「いつまでもそんなこと続けられないわよね?」

シャボナン  「さあね、ひょっとしたら五十になっても六十になっても同じかもしれない」

シャボニーナ 「本人はそれでいいの?」

シャボナン  「よくはないだろうね。でも冷たい現実を突きつけられるよりはいいんだよ」

シャボニーナ 「私にはよく分からないわ。で、あなたはそのオジサンを見てどう思ったの?」

シャボナン  「それを考える前に、どうしてオジサンがそんな夢を見るようになってしまったのかを考える必要があると思うんだ」

シャボニーナ 「え?だってそれは単に作家になりたいからじゃないの?」

シャボナン  「それは間違いではないけれど、でもそれだけじゃない」

シャボニーナ 「あとは何があるのかしら」

シャボナン  「現状に満足している人はそんな夢は見ない。現状が自分の理想通りにいっていない、理想からかけ離れていると感じる人が、どこか別の世界に存在場所を見出そうとしてそういう夢を見るようになるんだ」

シャボニーナ 「なんだか切ない話ではあるわね。でもその夢が叶うことは…」

シャボナン  「たぶんない」

シャボニーナ 「そこまで予想できていて、あなたはそのオジサンに何をしてあげたいの?」

シャボナン  「ボクは…ボクは何をしてあげたいんだろう?」(考え込む)「妖精は人間に対しておせっかい焼きであること。その特性から考えると、そうだな、ボクはそのオジサンに他の楽しみを見出してほしいと思う」

シャボニーナ 「他の楽しみ?作家になる夢をあきらめて、趣味とかそういうことに目を向けろってこと?」

シャボナン  「いや、そういうことじゃない。確かにオジサンの夢の見方は少々いびつというか、不自然というか、本来の夢の力を発揮させてくれるタイプのものではない。でもだからといってその夢を取り上げることまではできない」

シャボニーナ 「別にあなたが夢を取り上げるわけではないでしょう?」

シャボナン  「その夢の代わりにほかの趣味を追い求めるようにしむけることは意味合いにおいては同じだよ」

シャボニーナ 「そうかしら?…それで、そういうことじゃないとしたらあなたは何をしてあげるつもりなの?」

シャボナン  「石鹸の妖精であるボクらは石鹸に関することしかできない。ボクはオジサンにある石鹸を使ってもらおうと思う」

シャボニーナ 「石鹸を?」

シャボナン  「たぶんオジサンの人生はそうとう煮詰まってる。毎日家と会社を往復するだけの生活。休みの日に遊ぶ友達もいない。これといって趣味もない。日々の晩酌だけが楽しみだ。そして叶いもしない賞味期限切れの夢を何十年も懐に抱いている。そんなオジサンの心はたぶん相当収縮してると思うんだ。凝り固まっているというか。だからそんな心を解きほぐしてあげられるような石鹸を使ってもらおうと思う」

シャボニーナ 「なるほど、そういうことね。で、どの石鹸を選ぶのかしら」

シャボナン  「いろいろ考えたけど、ボクはこれにしようと思うんだ」

 

 

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シャボニーナ 「アレッポ。どうしてこれにしようと思ったの?」

シャボナン  「前にも言ったけど、このアレッポにはいろいろな思いが込められているように感じるんだ。何かを訴えかけてくるようなところがこの石鹸にはある。そこにあるだけで何かが始まるような気持ちにさせられるようなところがある。どっしりとした存在感もあるし。そして何よりの決め手はこの、表面に書かれた文字だ。ボクはこの文字を見ていると何かここから物語が始まるように感じるんだけど、それはこのオジサンにピッタリだと思うんだ」

シャボニーナ 「そう言われてみればそうかもしれないわね。選択としては正しい気がするわ、私も」

シャボナン  「でしょ?何か意味ありげなことが書かれているようなこの文字が、ひょっとしたらオジサンの創作意欲に小さな灯をともすかもしれない。可能性は大きくはないけど。でもこのアレッポで顔身体を洗うだけでも相当気持ちいいはずだよ。ちょっとした気分転換にもなるはず」

シャボニーナ 「だといいわね」

シャボナン  「オジサンに必要なのは前を向くこと。後生大事にひからびかけた夢を抱き続けるか、それともさっぱりと手放すか、残りの人生を考えるともうそこの判断をするところまで来ている。もし夢がかなわないのなら、もっと地に足のついた生き方を模索してもいいと思うんだ。今のままの状態で人生の最後を迎えるのはあまりにも虚しい。作家になる夢を天国まで持ち越せるのならともかくさ」

シャボニーナ 「でも手放せるかしら、これまで10年以上抱いてきた夢を」

シャボナン  「正直な感想を言うと、それもまた難しいと思う。このオジサンにとってはこれが長年染みついた生き方になってるから。その生き方を変えるのは難しいかもね」

シャボニーナ 「じゃあ、石鹸を渡して何になるの?何も変えられないかもしれないのに」

シャボナン  「ボクだって何も石鹸がオジサンの生き方を変えられるなんてことはこれっぽっちも思っちゃいないさ。ボクはただ、オジサンの人生にちょっとした変化を起こしてあげたいだけなんだ」

シャボニーナ 「変化」

シャボナン  「そうさ。人間の人生はおおよそほとんどの人が、年をとるにつれて変わり映えのしないものになっていく。会社勤めをしている人ならなおさらだ。よほどチャレンジングな会社でチャレンジングなポストにいるわけでもないかぎりね。年月はあっという間に過ぎていく。このオジサンの場合も例にもれず、もう毎日が前の日のコピーのような暮らしなんだ」

シャボニーナ 「でもね、シャボナン。本当はその変わらないことが幸せでもあるのよ。みんなそれが当たり前で気づかないけどね」

シャボナン  「変わらないことが幸せ…」

シャボニーナ 「そう。変わらないことが幸せなの」

シャボナン  「うん。きっとそうなんだと思う。でもね、このオジサンはあまり幸せそうに見えないんだ」

シャボニーナ 「きっとないものねだりをしてるからよ。作家になりたいなんて夢を追わなければこの人の人生もそれなりに幸せなものだと思うわ」

シャボナン  「うだつの上がらない会社人生でも?」

シャボニーナ 「うだつのあがらない、か…」

シャボナン  「生き生きと仕事をしている人はこんな、現実離れした夢は見ないから」

シャボニーナ 「…いっそのこと、会社辞めちゃえば?」

シャボナン  「え?」

シャボニーナ 「会社辞めちゃえば書くしかなくなるじゃない、あとは」

シャボナン  「それはダメだよ」

シャボニーナ 「どうしてダメなのよ」

シャボナン  「だって辞めたら、作家になれなかった時に食べていけなくなるじゃないか。10代、20代じゃないんだよ、オジサンは」

シャボニーナ 「そんな、端からなれないと思ってるような夢じゃ叶いっこないわよ。だったらきれいさっぱり諦めたほうがいいわ、悪いこと言わないから」

シャボナン  「…」

シャボニーナ 「まあ、そこまでは無理でしょうけどね。でも」

シャボナン  「書くくらいは今の状態でもできるだろってことか」

シャボニーナ 「そういうこと。今できることをやるしかないのよ。年齢は関係ないわ」

シャボナン  「分かった。アレッポの表面にはボクらの言葉で『汝、今すぐに書きだしたまえ』って彫り込んでおくよ」

シャボニーナ 「それはいい考えね。伝わるといいわね、オジサンに」

 

若きシャボナンの悩み その2

 

 

 

 

シャボニーナ 「うーん」(首をかしげ)「でもやっぱりそれは仕方がないんじゃないかしら。だって世の中のものすべてが最後まで使い切れるわけじゃないし」

シャボナン  「…ずいぶんあっさりしてるね」

シャボニーナ 「だってそうじゃない、洋服だって誰もビリビリのすり切れになるまで着ないわよね。着れる洋服だって流行遅れになったり、あまりに長いこと着続けたら最後は捨てるわけじゃない?料理だって食べ残す人はいるわけだし、そういうのはしょうがないことなのよ」

シャボナン  「ボクは古い服ずっと持ってるし、食べ物は残さないけど」

シャボニーナ (苦笑いして)「えらいわね、シャボナンくん。でも食べ物はともかく、どうして古い服までとってあるの?着ることあるの?」

シャボナン  「…ない」

シャボニーナ 「着ない服は捨てたほうがいいみたいよ。最近ベストセラーになった本にも出てたわ」

シャボナン  「でもなんか捨てにくくて」

シャボニーナ 「どうして?」

シャボナン  (指で頬のあたりを触りながら)「思い出もあるからさ、その時の」

シャボニーナ (顔をしかめ)「思い出?」

シャボナン  「そうだよ、この服着てた頃はこんなことがあったなァ、とかいう」

シャボニーナ 「呆れた…だから男ってダメなのよ。よくそんなおセンチなこと言えるわね。言ってて恥ずかしくない?どんな思い出があるのか知らないけど、いつまでも過去にすがってどうすんのよ?」

シャボナン  「え?でも別に女の子の思い出とかそういうんじゃないんだ」

シャボニーナ 「はあ?」(大きく顔をしかめる。声を荒げて)「私はそんなこと一言も言ってないでしょうが。あなたが女の子とのどんな思い出があろうが私には関係ないことよ。バッカみたい」(席を立とうとする)

シャボナン  (慌てて)「ゴ、ゴメン、なんだか分からないけど謝る。ボクが悪かった。だから話を元に戻そうよ。ボクは固形石鹸の問題について考えようとしてただけなんだ。ゴメン、本当にゴメン」(頭を下げる)

シャボニーナ (目を細めて小さく息を吐く)「本当にしょうがないわね…まあ、いいわ。今回はあなたが考えている真面目なことに免じて許してあげるわ」(ソファに腰を下ろす)

シャボナン  「あ、ありがとう、分かってくれて…(小さい声で)とかいってホントに女ってのは何考えているか分からない…」

シャボニーナ 「何か言った?」

シャボナン  「え?あ、言ってません、何にも」

シャボニーナ 「そう…そうそう、それでさっきの話だけど、現実的なことを言えば、やっぱり最後はネットに入れるとかするしかないんじゃない?小学校の蛇口とかによくぶら下がっていたじゃない、ネットに入れた石鹸が」

シャボナン  「ネットかあ」(浮かない顔で)「でも、あれ、あんまり美しくないんだよね。玉ねぎの赤いネット…それともみかんだったかな?」

シャボニーナ 「え?何言ってるの?今どき玉ねぎのネットに入れてる人なんていなくてよ」

シャボナン  「え?そうなの?」

シャボニーナ 「当たり前じゃないの。いったいいつの話をしてるのよ。今はインターネットでなんでも買えるのよ。石鹸用のネットもたくさん出てるわ。例えば…」(足元のバッグからIpadを取り出し、タッピングする)「ほら」(石鹸のネットの画像を出して見せる)
シャボナン  「本当だ」

シャボニーナ 「こういうの、いっぱいあるのよ」(タッピングを繰り返しながら)「この中に小さくなった石鹸を入れれば最後までしっかり使い切ることができるわ」

シャボナン  「ふーん、面白いね」(うかない表情)

シャボニーナ (シャボナンの顔を伺いながら)「言葉ほどには面白くなさそうね」

シャボナン  「そんなことないよ」

シャボニーナ 「また…顔に書いてあるわ」

シャボナン  (言葉を選びながら)「実はね、ボクもこういうのがあるのは知らないわけじゃないんだ」

シャボニーナ 「あら、そうだったの」

シャボナン  「うん、これを使ったら一応最後まで使えるようになるというのは分かるんだ。小さくなった石鹸も使えるというのはね…でもさ」(言いにくそうに)「こういうの使ったら肝心な固形石鹸の姿が見えなくなっちゃうんだよ」

シャボニーナ 「姿?」

シャボナン  「そう、姿。ボクは固形石鹸を最後まで愛でながら使いたいんだよ」

シャボニーナ (黙ってシャボナンのことを見つめる)「石鹸を愛でながら…?」

シャボナン  (力なく笑って)「ヘンだろ?ボクってヘンなんだよ」

シャボニーナ 「ヘン、といえばヘンね。そこまで考えて固形石鹸を使う人はさすがにこのシャボン宮殿にもいないと思うわ。でもそれがあなたの言う…」

シャボナン  「石鹸愛」

シャボニーナ 「…なのね、今分かったわ」

シャボナン  「だからさ、石鹸を隠さないで最後まで使い続ける方法を知りたいんだよ、ボクは」

シャボニーナ 「でも…それは無理だと思うわ」

シャボナン  「えっ?」

シャボニーナ 「それは――最後まで石鹸を愛でながら使い切るというのはムリ、って言ったの」

シャボナン  「ムリ…」(ガックリする)

シャボニーナ (背筋を伸ばして向き直る)「あのね、シャボナン、よく考えてね。――石鹸を最後まで使い切ってあげたい、同時にその姿が最後まで見えるものであってほしい、でもネットやスポンジに入れるのはイヤだ――それって単にあなたのわがままよ。あまりにも理想ばかり追いかけすぎだわ」

シャボナン  「でも理想を追いかけるのは大切なことなんじゃ…」

シャボニーナ 「そうね、理想に向かって努力するのは大切よね、それを否定はしないわ。でもね」(深呼吸する)「時には何かを切り捨てなきゃいけないこともあるの。あれもこれもすべて自分の理想通りに叶えたいといっても無理なこともあるの。もちろん、中にはあれもこれも手に入ると考えることによって本当にそれが叶うという時もあるかもしれない。そういう考え方をするのは大事よね。でも今回の場合は違うわ。つまり、ネットやスポンジに入れて最後まで使い切るかわりに石鹸の姿を愛でることをあきらめるか、あるいは、そのままの状態で使い続けて、最後は折れて小さくなってしまうことを見届けるか、どちらか選ばなければいけないのよ。何かしらの痛みに耐えなければならないの。そのことを淡々と受け入れることが大切なのよ。それが人生なの」

シャボナン  「人生…」(頬をポリポリと掻く)「なんだか大げさな話になってきた」

シャボニーナ 「大げさも何も、あなたは石鹸の妖精なんだから、これは人生そのものでしょ?それに避けては通れないって言ったのはあなたじゃないの」

シャボナン  「確かに言ったけど」(首をすくめ)「あまり固い話は好きじゃないんだ」

シャボニーナ 「まあ」(目を見開き)「自分から言い出しておいてよくそんなことが言えるわね」

シャボナン  (やや焦って)「ゴメン、また悪いこと言った。でも分かったよ。現実に即して考えればそんな方法はないってことだね」

シャボニーナ 「そう。誰もそんなことまで考えないんだから。折れたら折れたでしょうがないのよ」

シャボナン  「…かもしれない」(あとは小声でつぶやくように)「現実的なニーナに聴いたボクが間違っていたのかもしれない。女の人のほうが現実的だから。こういう場合、男のほうがロマンティストなんだ。男と女の考えが平行線をたどるのはそのことによるんだよな。どうやらこの話はここで打ち切りにした方がよさそうだ…」

シャボニーナ (耳をそばだてて)「なんて言ったの?」

シャボナン  (仰天して)「えっ!…い、いや、その、なんだ、…あ、そうだ、今度その石鹸用のネット買ってみるよ、そうしようっと」(そう言って部屋から出ていく)

シャボニーナ (天を仰いで)「ほんとにいやんなっちゃう。男ってどうしてああ勝手なのかしら。だいたい自分のことしか考えていないのよね。ウジウジしてたと思ったらそのあとはもういい、なんて。真面目に相手になって損しちゃったわ。紅茶も冷めちゃったし…もう」(ポットを持って立ち上がり、部屋を出ていく)「マルコ・ポーロ、入れなおそうっと」

 

 

若きシャボナンの悩み

 

 

 

 

宮殿のソファ室。シャボニーナが紅茶を飲んでいるところへシャボナンが帰ってくる。うつむき加減の様子。

 

シャボナン  (部屋に入ったところで立ち止まりタメ息をつく) 

シャボニーナ (チラリとシャボナンのことを見る) 

シャボナン  (横目でシャボニーナを見やってまたタメ息をつく) 

シャボニーナ (呆れた様子で紅茶を飲む) 

シャボナン  (シャボニーナのほうをチラリと見て三たびタメ息をつく) 

シャボニーナ 「あーもうっ!」(音を立ててカップを置く、ガチャン!)「一体さっきから何なのよ!言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ!黙って見てれば男の腐ったのみたいにグジグジグジグジしちゃって!」 

シャボナン  「え?あ、それは…」(焦った様子で)「その、男の腐った、じゃなくて女の腐った、って言うんじゃ…?」 

シャボニーナ 「何言ってるのよ!ウジウジしているのはあなたなんじゃないの!なのになんでそこで女の人が出てくるのよ!それって女の人に失礼でしょう?!」 

シャボナン  (慌てふためいて)「い、いや、そりゃそうだけど…一応、言葉としてはさ…」 

シャボニーナ 「何が言葉としては、よ。さっきから煮え切らないのはあなたなんじゃないの。だったら男の腐ったの、で十分よ。余計なところで女性をやり玉にあげないでほしいわ。最近は女性の方がよっぽどはっきりしているんだから」 

シャボナン  (小声で)「…それは女性というか、キミ自身のことだったりして…」

 シャボニーナ 「何か言った?」 

シャボナン  (背筋を伸ばして)「いえ、何も」 

シャボニーナ 「はっきりしない男はダメよ」(と言ってからシャボナンのことを見つめて)「で、一体何があったの?何があなたをそんなにウジウジさせているの?」 

シャボナン  「別にウジウジしてなんかいないよ」 

シャボニーナ 「してるわよ、十分…一体何があったっていうの?」

シャボナン  (おずおずと)「…実は今日、公衆浴場に行ったんだ」

シャボニーナ 「また?」

シャボナン  (頷いて)「そしたらさ…」

シャボニーナ 「ああ分かった!(手を打って)「またあの3人にいじめられたんでしょ。シャンプーとコンディショナーとボディソープの3人組に」(思いだしたように)「コンディショナーじゃなくてリンスだったかしら?」

シャボナン  (そっぽを向いて)「別にいじめられたわけじゃないよ」

シャボニーナ 「そうかしら?でもどうせまた何か言われて、言い返せなくて帰ってきちゃったんでしょ?あなたのいつものパターンじゃない。…バカバカしい、心配して損したわ」

シャボナン  「なんだよ、それ。人のことだと思って」

シャボニーナ 「だってそうじゃない」

 シャボナン  (タメ息をつく) 

シャボニーナ (呆れた様子で)「で?あの3人になんて言われたの?」 

シャボナン  「…お前たちには欠点がある、って」

シャボニーナ 「欠点?私たちに?」

シャボナン  「うん」

シャボニーナ 「私たちのどこに――そりゃ欠点ぐらいあるかもしれないけど――どこに欠点があるのかしら?」

シャボナン  (少し黙った後、声音を変えて話し出す)「お前たち固形石鹸は大きな欠点がある」

シャボニーナ 「ボディソープが言ったわけね」

シャボナン  (頷いてさらに続ける)「…何か分かるか?分からないだろうな。ならオレが教えてやる。お前たちはな、使っているうちに小さくなる。薄っぺらになる。そうするとな、使いづらいんだよ。分かるだろう?薄くて小さくなると泡立てることもやりづらくなる、うまく泡立たなくなる。だろ?そうなるとな、もう誰もそんな石鹸に手を出さなくなるんだよ。あるいはもし使われたとしてもな、たいていは泡立てようとするタオルやスポンジの中で折れる。必ず折れる。そして最後はかけらのまま使いきることなく排水溝に流されるってわけだ。つまり一言で言うとな、最後まで使い切ることができないというのがお前たち固形石鹸の大きな欠点なんだよ…」

シャボニーナ 「ふーん」(ちょっと考え)「でもそれを言うなら液体石鹸だって使っていると最後の方は出なくなってくるじゃない?プシュップシュッって押しても一番底に残っている部分は出てこないわよね?」

シャボナン  (首を振って)「そのことも言った。でもあいつらは言うんだよ――バカだな、お前は。おれたちはな、基本、詰め替えなんだよ。分かるか、その意味が?液体石鹸はな、残り少なくなったところで新しいパックを用意して継ぎ足せばそれで全く問題ないんだよ。ノープロブレム。だから環境にも優しいと言われているんだ。お前はそんなことすら思いが至らないのか。さすが固形石鹸だけあって頭が固いな、生き残るためにはオレ達みたいにやわらか頭でないととてもこの競争社会を生き抜いていけないぞ…って」

シャボニーナ 「ずいぶん言いたい放題ね。で、あなたは何て言ったの?」 

シャボナン  「別に、何も…」(ほおを掻く) 

シャボニーナ 「何も、って、何も言わないで帰ってきたの?」 

シャボナン  「うん、まあ…」(あごを触る) 

シャボニーナ 「呆れた…あなたね、道端のお地蔵さんじゃないんだから少しは言い返しなさいよ。あなただって彼らの言うことをそのまま受け入れたわけじゃないでしょ?」 

シャボナン  「そりゃ、そうだけど」 

シャボニーナ 「だったらどうして何にも言わないで帰ってくるの?」 

シャボナン  (大きく息を吐きながら)「あのさ、ニーナ。言い返すとか、反論するとか、そういうことがボクにできないことくらい知ってるだろ?そうでなくてもあいつらはボディソープとシャンプーとリンスがいつも一緒になってつるんでるんだ。ガタイもデカイしさ、そんなやつら相手にボクが言い返せるわけないじゃないか」 

シャボニーナ (しばらく黙る)「…そうね、あなたにそんなことを求めること自体、無理があるわよね」(間)「まあ、いいわ。でも、例え言い返せなくてもあなたの心の中ではあるのよね。あると思っていていいのよね、反骨心みたいなものが?」 

シャボナン  「まあ、一応…」 

シャボニーナ 「なんだか心もとないわね、大丈夫かしら?」 

シャボナン  「大丈夫、ではあるんだけど、でもよーく考えてみたら彼らの言うことも一理あるんだ」 

シャボニーナ 「一理ある?一体どこに?」 

シャボナン  「確かにボクらは新品の時はそりゃキレイさ。真新しい固形石鹸の美しさは何物にも代えがたいと思う。でもさ」(それからおもむろにポケットからあるものを取り出し、テーブルの上に置く) 

シャボニーナ 「何、それは?」

 

 

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 シャボニーナ 「これは…?」 

シャボナン  「分かんないよね。最初の頃の堂々とした雰囲気はないもんね」

シャボニーナ 「っていうことは…」

シャボナン  (頷いて)「そう、今まで使ってきた石鹸だよ。一つは『サボン・ド・マルセイユ・ビッグバー』、もう一つは『カレンデュラクリーム』」

シャボニーナ (黙って見ている)

シャボナン  「カレンデュラ・クリームのほうはともかく、マルセイユ石鹸のほうはかなりキテルでしょ。なんだか粉ふいてるみたいでさ。こうなるともう誰も使おうとしないよね」(間)「2つとも最初は立派だった。石鹸としての美しさがあった。気品があった。でもどんな石鹸であれ、その美しさや気品をずっと保ち続けることはできないんだ。いずれはこういう姿をさらすことになる。この先、この2つの石鹸がどうなっていくかは分かるよね?」

シャボニーナ 「…さらに小さくなって…」

シャボナン  「そう、さらに小さくなって使ってる途中で折れちゃう。折れるとどんどん小さくなって最後は排水口行き。だからやっぱりあいつらの言うことも間違いではないんだよ」

シャボニーナ 「うーん」

シャボナン  「そのことは実はボクも思ってた。実際、ボクら固形石鹸は最後はどうしても使いにくくなる。小さくなって見栄えもパッとしなくなるし、泡立てるのも難しくなる。無理にやろうとするとタオルの中で折れちゃう。だから最後まで使い切ることなく捨てることになる。捨てたくなくても細かくなって排水口に流さざるをえないことになる。それについてはボクもずっと心の奥底で疑問を感じてた。でもあんまり考えないようにしていたんだ。答えが出そうもないから。でも今日、あいつらに言われてそれが避けては通れない問題であることに気づいたんだ」

シャボニーナ 「うーん」(カップを置いて)「でも難しい問題ね、それは」

シャボナン  「でもこの問題をクリアしない限り、固形石鹸は使いたくないという人の気持ちを変えることはできないと思うんだ」

 

サボン・ド・マルセイユ・ビッグバー in the bath

 

 

 

場面変わってバスルーム。シャボナンがバスに浸かっている。右手にサボン・ド・マルセイユ・ビッグバーの一片。

 

シャボナン  「見た感じは悪くないんだよなあ」(そう言って石鹸を何度かひっくり返して見る)「いや、ほんと。なかなかいい線いってるよ、これ。素材の良さが表に出てる」

 

そこに突然シャボニーナの声。「もうそれは分かったから早く使いなさいってば」

 

シャボナン  「うわっ」(驚いてバスから半身を出し、あたりを見回す)「びっくりしたなァ、もう。いきなり紳士の入浴の場に入ってこないでよ」

シャボニーナ 「あなたのどこが紳士なのよ、笑わせないで。それを言うなら私の方こそ淑女だから、あなたのバスルームに入るような真似はしなくてよ。これは声だけ、安心して。それよりいつまでお湯につかってんのよ、早く石鹸使わないとのぼせちゃうでしょ?」

シャボナン  (げんなりして)「分かったよ、使うよ、使う。使えばいいんだろ?」(濡らした手で石鹸をつかみ、両手で泡立てる)

シャボナン  「お?泡立ちはいい感じ」

シャボニーナ 「でしょ?」

シャボナン  「うん、なんていうか、触り心地がいい。優しいものを使っている気がする」

シャボニーナ 「いいこと言うじゃない?その通りよ。地中海の太陽のもとで育った良質のオリーブオイル。それに南フランスの天然食用塩。それとパーム油ね」

シャボナン  「さっきも思ったんだけど、パーム油ってなんだっけ?」

シャボニーナ 「パーム油というのはアブラヤシという木から採れる植物油のこと。マーガリンなんかにも使われているわ。つまりこのビッグバーという石鹸はすべてが身体に入れてもいい原材料からできているというわけ。製造過程で最初に大きな釜で原料を煮るんだけど、最後に出来具合を確かめる時、なんと口に含んでみるんだって。それだけ身体にも優しいということよ」

シャボナン  「え~っ?口に入れちゃうんだ、すごいね」(十分に泡立ててから、顔を洗う。まず鼻とその周り、次に目、それから額、頬、顎から耳にかけてのライン。一通り終わったら再び目鼻のあたりを入念に洗う)「なんかいいね、これ」(目をつぶったまま話し出す))「なんていうんだろう。洗い心地がいい。肌にすごくなじんでいる気がする。ずっと洗っていたいような、そんな気がする」

シャボニーナ 「匂いはどう?」

シャボナン  「匂いは」(少し間を置く)「匂いはする。でも」(泡をつけたまま動作を止める)「洗うことの気持ちよさのおかげで匂いがそれほど気にならない」(そう言ってから手さぐりでシャワーに手を伸ばし、顔をゆすぎ始める。ゆすぎ終わって目を開き、両の頬を手のひらでなでる)「洗い上がりもグッド」

シャボニーナ (笑う)「なんだか石鹸のコマーシャルみたいね」

シャボナン  「だってそういうコメントを求めていたんだろう?」

シャボニーナ 「素直なコメントでいいのよ。いやだったらいやでいいんだし」

シャボナン  (それには答えず再び石鹸を泡立てる)「確かこれ、頭も洗えるって書いてあったよね?」

シャボニーナ 「そうよ。髪の毛も洗えるわ」

シャボナン  (髪を洗い始める)

シャボニーナ 「それどころか、食器だって洗えるのよ。天然の材料だから何を洗ってもいいの。とはいってもその辺は好き好きだけどね」

シャボナン  (しばらく洗っていたがやがて手を止める)

シャボニーナ 「どう?髪の毛は」

シャボナン  「髪は微妙だね」(再び手を動かす)「泡切れが早いかも」

シャボニーナ 「あら、そうなの?」

シャボナン  「うん、今日は髪の毛にワックスをつけていないから泡が立ちやすいはずなんだけど、だんだん泡がなくなってきちゃった」

シャボニーナ  (シャボナンの頭を見やりながら)「そういえば泡が少なくなってる?」

シャボナン  「うん、洗ってる感じで分かる。少なくなってる。泡の持ちが弱いね、髪の毛を洗うと」

シャボニーナ (残念そうに)「あらー、そこは減点かしら」

シャボナン  「うーん」(といって手のひらの泡を見る)「そもそもこれに比べるとシャンプーの泡立ちといったらすごいからね。洗えば洗うほど泡立ってくる。実際、あの泡立ちで、洗ってるという感じがするところもある」

シャボニーナ 「逆に言えば泡立たないと洗ってる感じがしないと」

シャボナン  「そう。たとえ実際は洗えてるとしてもね」(シャワーで髪の毛の石鹸を洗い流す。それから右手で髪をなぞって)「あと洗い終わりもシャンプーの方がいいみたいだよ」

シャボニーナ 「あら」

シャボナン  「よく石鹸で髪を洗うと油分が取れすぎて、って言うのかな、髪がキュッキュッするだろ?…あんな感じがある」(そう言ってもう一度髪に手を入れる)「小さい子用ならともかく、これまでシャンプーを使ってきた人には勧めにくいかも。多分、受け入れられないよ…あくまで髪の毛にはってことだけど」

シャボニーナ 「シャンプーはコンディショナーとセットで使う人も多いもんね、しょうがないか」

シャボナン  「うん」(タオルに石鹸をこすりつける)「さて、次は身体だ」

シャボニーナ 「そういえばあなた今どきタオル使ってるわけ?」

シャボナン  (不思議そうに手を止め)「どういうこと?みんなタオル使わないの?」

シャボニーナ 「そうじゃなくて、タオルじゃなくて今はスポンジとか使う人が多いんじゃないかしら」

シャボナン  「そうかな、スポンジって痛いじゃん」(タオルの泡立ちぐあいを見る)「ほら、結構いい感じ。ちゃんと泡立つよ」(泡立てたタオルを見ながら)「これ、ひょっとしたらボディソープよりいいかも」

シャボニーナ 「そりゃそうでしょうよ…それより」(いぶかしげに)「あなた固形石鹸の妖精なのにボディソープなんて使ったことあるの?」

シャボナン  「え?ま、まあ、…勉強のためにね」(やや焦りながら)「でも見てごらんよ、この泡。実はボディソープってスポンジならともかく、タオルに使うと意外に泡立たないんだ。プシュップシュッって2度3度出してゴシゴシやっても思ったほど泡立たないんだ」

シャボニーナ (ふーん、とうなずく)

シャボナン  「ひょっとしたら、液体だとタオルの中のほうに流れちゃうのかもしれない。だからいくらつけても泡立ちが弱いのかも。その点、固形石鹸ならタオルのつけた面だけに残るからゴシゴシやればしっかり泡ができるのかもしれない」(そう言って右腕から洗い出す)

シャボニーナ 「どう?」

シャボナン  「いいね、これ」(タオルを右手に持ち替え、左腕を洗う)「丁寧に汚れを落としてくれている気がする。同時に肌もいたわってくれてる気も。何とも言えず優しい感じだね」(そこでちょっと止まって考え事をする)「やっぱり優しいのが一番だよ」(間)「優しさがない人は何か大切なものが欠けているんだ」

シャボニーナ 「それはどういうことかしら?…ひょっとして私に対するあてつけ?」(急に低い声になる)

シャボナン  (慌てて)「え?…ち、違うよ、違う」

シャボニーナ 「どうせ私は優しさに欠けた女よ」

シャボナン  「そうじゃない。何もニーナのことを言ってるんじゃないよ」

シャボニーナ 「せいぜい優しい女の子でも探しに行ったらいいじゃない。私はもう行くから」

シャボナン  「だからニーナのことじゃないってば」(慌ててシャワーで泡を洗い流す)「ねえ、ニーナ!」

(返事はない。シャワーの音だけがバスルームに響いている)

サボン・ド・マルセイユ・ビッグバー before bath

 

 

 

ソファ室でシャボナンがコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。そこへ右側のドアからシャボニーナがごそごそと入ってくる。両手に大きなバッグ。

シャボニーナ 「ちょっと、シャボナン、手伝ってよ」

シャボナン  「う、うん…」(と言いつつ新聞を読み続ける)

シャボニーナ 「シャボナン!?聞こえてる!?」

シャボナン  「なんだよー」(新聞から顔を上げ)「せっかく昨日、ベイスターズが勝った記事を読んでいたのに」

シャボニーナ 「スポーツ新聞なんていつでも読めるでしょ?それより手伝ってよ、これ。重いんだから」

シャボナン  「へいへい」(立ち上がってシャボニーナの方へ行く)「ありゃ、何だい、その大きなバッグは?」

シャボニーナ 「シャボン・バッグよ」

シャボナン  「えー?シャボン・バッグはそんなに大きくないじゃないか」

シャボニーナ 「いいから早く持って」(ドサッとバッグをシャボナンに渡す)「レディに重いものを持たせちゃダメでしょ?」

シャボナン  「誰がレディだよ?」(バッグを肩から下げながら)「それにしてもどうしてこんなに大きいの?いつものバッグはどうしたの?」

シャボニーナ 「いつものバッグじゃ小さいのよ、今日の石鹸を入れるには。あー、重かった」(両手を振る)

シャボナン  「ええ?でもだって石鹸だろ?いつものバッグで十分じゃないか」

シャボニーナ 「ところがそうじゃないのよ。今日はこのバッグじゃないとダメなの」

シャボナン  (バッグをあらためて見て)「…だってこれ、ボストンバッグじゃん。石鹸1ダースくらい入ってるの?」

シャボニーナ 「ううん、1個よ」

シャボナン  「1個?この中に?」

シャボニーナ 「そう」

シャボナン  「だ、だってめちゃくちゃ重いよ、一体何が入ってるの?」

シャボニーナ 「だから石鹸だってば」

シャボナン  「えー?」(おそるおそるバッグをテーブルに置く)

シャボニーナ (ソファに腰かけ)「じゃあ、早速開けてみましょうか」(ファスナーを開ける)「さあ、シャボナン、取り出してみて」

シャボナン  「えー、また?なんかドッキリとかじゃない?」(右手を入れる)

シャボニーナ 「何言ってんのよ。それより片手じゃ無理だから」

シャボナン  「片手じゃ無理?…どういうこと?」(左手もバッグに入れながら)「うわ、重い。…なんだ、こりゃ?木の箱?」(そう言ってその箱を取り出す。長さ50センチ、幅と高さ10センチの長方形の木箱。ゆっくりとテーブルに置く)

シャボナン  「これ、石鹸なの?」(そう言って覗きこむ。木箱の上の部分が透明なプラスチックになっていて中が見える。中には緑色の石鹸と思しき大きな塊が入っている)

シャボニーナ (得意そうに)「すごいでしょ」

シャボナン  「すごいも何も…これは一体何?」

シャボニーナ 「サボン・ド・マルセイユ・ビッグバー」

シャボナン  「サボン・ド…ビッグバー…」(両手でその箱を抱える)「確かにビッグとしか言いようがない…」

シャボニーナ 「だって2.5キロもあるんだから」

シャボナン  「に、2.5キロ?…こんな石鹸あるの?…信じられない!」

シャボニーナ 「ふふふ、出してごらんなさいよ」

 シャボナンは箱の上部についているスライド式の蓋をゆっくりと上にずらして開けた。そして中に納まっている緑色の大きなブロック状のものを取り出した。大きさにして長さ40センチ、幅は8センチくらい。

 

 

 

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シャボナン  「これ、どうやって使うの?」

シャボニーナ 「切るのよ」

シャボナン  「切る?」

 呆気にとられているシャボナンの前で、シャボニーナは箱の底からワイヤーのようなものを取り出した。両端には取っ手がついている。

シャボニーナ 「これをここにまきつけて」(石鹸の下をくぐらせる)「あとはこの取っ手を引っ張るの。粘土みたいに切れるわ」

シャボナン  「…これは驚いた。こんな石鹸初めて見たよ」

シャボニーナ 「どこにでもあるわけじゃないのよ」

シャボナン  「うーん、これはまさに石鹸の王様だね」

シャボニーナ 「そうよ、これは17世紀のフランスで、王様や貴族たちが使っていたものなの。ほら、ちょっと切ってみて」

シャボナン  (ワイヤーを使って2センチくらいの厚さに切る)「へぇ~、結構簡単に切れるんだ。面白い」

シャボニーナ 「買ってしばらくの間はね。でも時間がたつと固くなって切れなくなってしまうから要注意よ」

シャボナン  「買ったらすぐに切れってことだね」(そう言って切った石鹸の匂いをかぐ)「うわっ」(石鹸を見つめる)「これ、匂いがすごい」

シャボニーナ 「そうね、少しばかり匂いがあるかも」

シャボナン  「少しばかり?」(もう一度匂いをかぐ)「いや、これは結構強い匂いじゃない?」

シャボニーナ 「そうかもしれないわね。でもあなた以前に、浴室に入って使いだすと石鹸の匂いはさほど気にならなくなるって、いいこと言っていたじゃない。まずは使ってみてごらんなさいよ」

シャボナン  「うーん…確かにそうは言ったけど」(匂いをかぎながら)「これで顔洗うのは気が進まないな」

シャボニーナ (呆れた様子で)「何言ってんのよ、さっきから男のくせに匂い匂いって。細かいこと気にしないでまずは使ってみなさいって言ってるでしょ?」

シャボナン (首をすくめ)「わ、分かったよ、使えばいいんだろ、使えば」

柿渋 after bath

 

 

 

シャボナンが左側のドアからソファ室に戻ってくる。手にはストローを差したグラス。紅茶を飲んでいたシャボニーナがカップを持つ手を止める。

シャボニーナ 「あら、意外に早かったのね」(壁の時計を見て)「まだ4時よ」

シャボナン  「今日はずっと宮殿の中にいたからね。大して汗もかいてないし。シャワーでさっと流しただけだよ」

シャボニーナ 「そう。で、あなたの好きな柿の石鹸はどうだったの?」

シャボナン  「柿は好きじゃないってば」(ストローでジュースを一口飲む)「アップルジュースは好きだけど…うまい」(もう一口飲む)

シャボニーナ 「…石鹸のことを聞いているんだけど」

シャボナン  「ああ石鹸?石鹸は…まあ可もなく不可もなく、といったところかな」

シャボニーナ 「…まったく何も分からないわね、それじゃ…匂いはどうだったの?」

シャボナン  「匂いはほとんどしなかった。どうやらこれは他の石鹸にも共通して言えることみたいだけど、お風呂の中で使うと石鹸の匂いはさほど気にならないんだね。顔を洗っても特別匂いがどうとは感じなかったな」(と言ってソファに腰かける)

シャボニーナ 「ふーん、そういうものなの」

シャボナン  「うん、あとよかったのは形だね」

シャボニーナ 「形?」

シャオボナン 「そう、形。実を言うとボク、丸っこい石鹸はあんまり好きじゃないんだ。角がピッと立った四角い、角ばった石鹸が好きなんだ。なんていうか、シャープな形に美を感じるんだよ。そういう意味もあって今回の石鹸はあまり興味を惹かなかった。でもね」(グラスをテーブルに置いて)「持ちやすいんだよ、あの石鹸。丸っこくって。それと微妙にアーチを利かせた形、あれがとっても握りやすいんだ。すごく手にしっくりくる。タオルで泡立てる時もしっかり握れるから力を入れてゴシゴシできる」

シャボニーナ 「そういえばそんな形してたかしら」

シャボナン  「あのアーチ型はどうやって思いついたんだろう。ほとんどの固形石鹸はそんな形をしていないもんね。だいたいが真っ平らか、あるいは中央に向かって厚みがあるタイプが多いから」

シャボニーナ 「そうね」

シャボナン  「腕時計なんかでもスイス製の高級腕時計の中には手首にそってカーブしているものがあるけど、あれなんか手につけるとすごくフィットするんだって」

シャボニーナ 「そんなことよく知ってるわね?でもそういうの高いでしょ?」

シャボナン  「そりゃあね。でも高いだけのことはあるよ」

シャボニーナ 「私も欲しいなあ」

シャボナン  (それには答えず)「あと、泡立ちもなかなかよかった。身体を洗っているうちに泡が切れてくるということもなかったしね。結構これはポイントなんだ、泡の持続力。洗っている途中で泡が切れてくる石鹸はメンドクサイ」

シャボニーナ 「洗い上がりは?」

シャボナン  「サッパリしていてよかった。もっともボクはだいたいどんな石鹸でもそう感じるんだけどね。ただ…」

シャボニーナ 「ただ?」
シャボナン  「あ、いや、なんでもない」(首を振る)

シャボニーナ 「何よ、言い出したんなら最後まで言いなさいよ」

シャボナン  (そっぽを向いて)「どうせまた神経質とか言われるから」

シャボニーナ (呆れたという様子で)「あのね(あなた分かってないわね)、そういうところがいけないっていうの。そういう(ウジウジした)ところが神経質だっていうの。そんな(男の腐ったような)物言いするんじゃなくて、思ったことがあったらはっきり言いなさいよ」

シャボナン  (ふくれて)「そんな言われ方をするとますます言いたくなくなるんだけど…」(間)「じゃあ、言うけどさ、ボク、まだ夏の汗疹がちゃんと治ってないんだ。まだかゆみが残ってる。それでこの石鹸で背中を洗ったとき、気のせいか少しピリピリするように感じたんだ」

シャボニーナ 「あら、そういうことなの。それならそうとはっきり言えばいいのに。ちょっと合わなかったのかしら」

シャボナン  「分からない。ほんの少しそう感じただけだから。ひょっとしたら気のせいかもしれない」

シャボニーナ 「確かにね、あなた神経質、…じゃない、心がこまやかだもんね。とすると、少し皮膚に刺激があるとかそういうこと?」

シャボナン  「そこまでは断定できないけど…でももしかしたらこの石鹸は皮膚に何かできている時は避けた方がいいのかも。そういうときは別の石鹸を使ったほうがいいのかもしれない」

シャボニーナ 「別の石鹸ね…じゃあ逆にどんな人が向いているのかしら?」

シャボナン  「そうだね、例えば」(少し考えて)「そう、例えば運動部の合宿で男子学生がタオルに泡立ててガシガシと洗うなんていうのに合ってる気がする」

シャボニーナ 「何、その具体的な例は?」

シャボナン  「今パッと思いついたんだ。銭湯でおじいさんが使いそうというのじゃ普通でしょ?それよりも若い人が使ったほうがインパクトがある。そう、運動部の合宿なんかピッタリだよ。合宿のお風呂。当然、場所もオシャレなバスルームとかじゃなくて、古い旅館や民宿とかにありそうな昔ながらのタイル張りのお風呂でなくちゃいけない。タイルがところどころ抜け落ちてたりするようなね。そこに練習を終えた学生がドヤドヤと入ってくる。どいつもこいつも汗まみれ。一人一人が洗い場に座り、まずは頭からシャワーをかぶり、まず髪を洗う。それが終わったら顔身体だ。石鹸をタオルにガシガシとこすりつけ、いっぱい泡立たせる。終わったら鏡の前にポンと放り投げ、それを隣の学生が手を伸ばしてまた使う。ガシガシ。…そんなイメージかな。この丸っこい形といい、明るいのか暗いのか分からないビミョーな色合いといい、まさにそういうところにピッタリだと思う。あまりオシャレな石鹸だと似合わないからね」

シャボニーナ 「なんだかほめているのか、けなしているのかよく分からないコメントね」

シャボナン  「そんなことないよ。だって民宿にカレンデュラクリームってわけにはいかないだろ?」

シャボニーナ 「まあ、そりゃ、そうだけど」

シャボナン  「といってアレッポの石鹸もちょっと違う。もちろんグレープフルーツなんてわけにもいかない。ここはやっぱり柿渋なんだよ」

シャボニーナ 「うーん…まったく理論的な説明ではないけれど、妙に説得力があるように感じるのはなぜかしら」

シャボナン  (笑いながら)「力強い言葉は民衆を惹きつける、だよ、ニーナ。政治家だってよく使うだろ?それと同じ。『民宿には柿渋、旅館には柿渋、合宿には柿渋』ってね、分かりやすいじゃん」

シャボニーナ 「…聞けば聞くほど理解できない。できないけどそんな気もしてくるから不思議だわ」

シャボナン  「でしょ?『柿渋、柿渋、柿渋に清き一票をお願いします』ってね」

柿渋 before bath

 

 

 

秋晴れの日。開け放たれた窓からはそよそよと風が入ってくる。ソファで居眠りしているシャボナン。そこへ右側のドアからシャボニーナが果物を盛ったお皿を持って入ってくる。

シャボニーナ 「シャボナン、いつまで寝てるの?もう3時よ、そろそろ起きなさい、デザート用意したから」

シャボナン  「ふわあ~」(目をこすりながら起き上がって伸びをする)「あ~よく寝た。今何時?」

シャボニーナ 「だから3時だってば」(テーブルにお皿を置く)

シャボナン  「えっ?もう?…そうか、お昼ご飯の後、つい眠り込んじゃったんだ」(皿を見て)「お、フルーツだ、いいね」

シャボニーナ 「リンゴと柿よ。この前ネットスーパーで頼んだのが届いたの」

シャボナン  「あ、ボク、リンゴだけでいい」

シャボニーナ 「柿も食べなさいよ」

シャボナン  「いや、いいよ、柿は」

シャボニーナ 「どうして?柿はビタミンCも豊富で健康にもいいのよ」

シャボナン  「そうかもしれないけど」(フォークでリンゴを突き刺す)「柿はあまり好きじゃないんだ」

シャボニーナ 「あら、そうなの?私は好きだけど」

シャボナン  「ならいいじゃん」(そう言ってリンゴをかじる)「うわ、ウマ、このリンゴ」

シャボニーナ (タメ息をついて)「好き嫌いがはっきりしているのは昔からね。なんでも食べないとダメよ」

シャボナン  (返事をせず、リンゴを食べ続けている)

シャボニーナ 「あ、そうだ、忘れてた」(テーブルの下からバッグを取り出す)

シャボナン  (ちらりとバッグを見て)「出た。石鹸かばん」

シャボニーナ 「ちょっと、『シャボン・バッグ』って言ってくれない?これでもデザインはシャネルを意識したんだから」

シャボナン  「え~?そうなの?本物のシャネルが買えないからよく似たので我慢してるとか?そういうのやめたほうがいいよ」

シャボニーナ (ムッとして)「大きなお世話よ、買えなくて悪かったわね。だいたいあなたシャネルのバッグがいくらするか知ってるの?普通のサラリーマンの1か月分の給料くらいはしちゃうのよ」

シャボナン  (フォークを皿に置く)「なんだか現実的な話になってきたなあ」

シャボニーナ 「だからいいの、これはシャネルへのあこがれを形にしてあるだけ。それより」(バッグを開け、中から包みを取り出す)「今日の石鹸は好き嫌いの激しいあなたにピッタリの石鹸よ」

シャボナン 「えー?石鹸ならボクは基本的になんでもオーケーだよ」(そう言ってオレンジ色のパッケージを手に取る)「えー、ん?…なんだこりゃ?『柿渋』?」


パッケージには柿の絵が描かれている。真ん中に縦書きで大きく「柿渋」の文字。


シャボナン  「うわ~、なんと、柿の石鹸かぁ。これまたずいぶん渋い石鹸出してきたなァ。…何々?」(石鹸のパッケージに目をやり)「カキタンニン配合、『いつも清潔 サラサラ素肌 ニオイさっぱり 柿渋石鹸』…ハハ、語呂がいいね。なんだかテレビのコマーシャルみたい」

シャボニーナ 「石鹸ならなんでもオーケー、だったわよね。今さらボクは柿の石鹸は好きじゃありません、なんて言ってもだめだからね」

シャボナン  「うーん」(渋い顔をして包みを見ている)「ちょっと開けてみてもいい?」

シャボニーナ 「どうぞ」

 

 

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シャボナン  「うわぁ、これ、めっちゃフツーじゃん!これまでの石鹸の中でもダントツ普通だね。いかにも石鹸って感じ。これこそ銭湯にありそう」

シャボニーナ 「銭湯にこんな石鹸があるかしら?」

シャボナン  「あるよ、あるある」(そう言って石鹸を手に取る)「この丸みを帯びた形といい、なんだかはっきりしないくすんだ色といい、このテの石鹸、絶対銭湯にあるよ。年配の人とか使ってそう」

シャボニーナ 「でも柿よ、柿の石鹸ってそうは見たことなくない?」

シャボナン  「え?うーん、柿か…まあ、それはそうだね。でもこれ本当に柿の匂いするの?」(石鹸の匂いをかぐ)「なんだ、これ?柿の匂いなんてしないぞ?」

シャボニーナ 「あら、そう?」

シャボナン  (もう一度鼻に近づける)「うーん、これは、なんていうんだろう。すごく人工的な匂いがする…柿の匂いじゃない…ダメだ、長いことかいでるとクラクラしそう…」(石鹸をテーブルに戻す)

シャボニーナ 「そうかしら?」(石鹸を取って匂いをかぐ)「うーん…確かに柿の匂いとはちょっと違うような…」

シャボナン  「でしょ?ボク的にはあまり気が進まないね、これを使うのは」

シャボニーナ 「でも私のシャボン・バッグが出したものだからどこかいいところはあるのよ」

シャボナン  「えー?」(驚いて)「シャボン・バッグってニーナが出したいものが出てくるんじゃないの?」

シャボニーナ 「違うわ、残念ながらまだその域には達していないのよ」(バッグを閉じて)「まだ修行中ってとこ」

シャボナン  「…じゃあ、バッグの意思で出していると?」

シャボニーナ 「そうよ」

シャボナン  「信じられない…」(間)「じゃあ、この柿石鹸もバッグが自分で選んだということ?」

シャボニーナ 「そういうことになるわね」

シャボナン  「う~ん、ウソみたい。なんだかアメリカの映画みたいな話だなァ」(もう一度石鹸を見て)「でもこれはやっぱり選択ミスじゃないの?シャボン・バッグの」

シャボニーナ 「そんなことないと思うわ」

シャボナン  「いや~どうかな?」(パッケージを手に取って説明を読む)「だってこうして読んでみると、原材料もこれまでの天然のものと違って結構人工的なものが書いてあるよ。そういうの使って皮膚によくないことないかな?ボク、昔、人から勧められたシャンプーを使って頭皮が赤くなったことがあるんだ」

シャボニーナ 「本当?そんな話、初めて聞いたわ」

シャボナン  「大変だったんだよ、髪の毛まで抜けてきてさ」(頭を触る)

シャボニーナ 「そうなんだ…」(小声で)「抜け毛の妖精…」

シャボナン  「あのさ、その、ヘンな形容詞つけてナントカの妖精っていうの、やめてくんない?すごくカッコ悪いんだけど」

シャボニーナ 「あら、気にしてたの?」

シャボナン  「気にするよ、そりゃ」(石鹸を手にしたまま)「にしても大丈夫かなあ、これ」

シャボニーナ 「平気よ」

シャボナン  「そんなこと言ったって根拠がないじゃないか?ボクとしてはこれはあんまり気が進まないけど」

シャボニーナ 「何にだって取り柄はあるものだわ」(シャボナンをちらと見て)「誰かさんと違ってね」

シャボナン  「なんだよ、それ」(ふくれる)「ボクにだって取り柄くらいあるさ」

シャボニーナ 「本当?例えば?」

シャボナン  「例えば…そうだな、例えば、その…」(少し考えて)「心が細やかなところ」

シャボニーナ 「こ…」(笑いそうになる)「いや、あなたの場合は心が細やかなんじゃなくて、正しくは(言っちゃっていいかしら?)神経質っていうのよ」

シャボナン  (ムッとする)「違うよ」

シャボニーナ 「違わないわよ、だって今だってそうじゃない。この柿渋だって、そんな遠い昔の石鹸じゃないんだから、あなたが特別皮膚が弱いとかならいざ知らず、現代に作られている石鹸で皮膚によくないなんてことあると思う?」

シャボナン  (憮然として)「分からないよ、そんなこと」

シャボニーナ 「分かるわよ、だいたい。悪いけどあなたは気にしすぎ。心配しすぎ。心配性のあなたの想像することなんて実際はほとんど起こらないから。まあ、いいから一度使ってらっしゃい」(そう言って空いた皿を片付けにかかる)

シャボナン  (タメ息をつく。石鹸を手にして立ち上がる。小さな声でつぶやく)「…柿なんて大キライだ」